Principle 05  /  ワインの原則

The Terroir.

産地・テロワール

ブドウは、土地を飲んで育つ。
土壌、気候、傾斜、水――そのすべての記憶が、グラスの中に閉じ込められる。
テロワールとは、地理が味になる瞬間。

Philosophy/Principle 05. 産地・テロワール

I  What is Terroir

The land becomes the wine.

テロワールとは ― 土地が味になる、ということ。

フランス語の「テロワール」は、
翻訳できない言葉のひとつ。

テロワール(terroir)――フランス語で「土地」を意味するこの言葉は、ワインの世界では特別な意味を持ちます。それは単なる「産地」を超えて、土地そのものが味として表現されるという哲学です。

同じシャルドネを、ブルゴーニュのシャブリで作るのと、カリフォルニアのナパで作るのと、オーストラリアのアデレードで作るのでは、出来上がるワインがまったく違う。これは醸造法の違いだけでは説明できません。その土地の何かが、ブドウに刻まれているのです。

テロワールを構成する要素は、いくつか言語化できます。

土壌 Soil

石灰岩、粘土、砂、火山岩――ブドウは土壌から特定のミネラルを吸い上げる。シャブリの石灰質土壌が、ワインに塩のような香りを与える理由。

気候 Climate

温暖か冷涼か。日照時間。寒暖差。乾燥か湿潤か。寒い土地のワインは酸が高く、暖かい土地のワインは果実感が前に出る。

地形 Terrain

斜面の向き、傾斜の角度、標高、海や川との距離。南向きの斜面はより熟したブドウを生み、北向きはより酸が残る。

水 Water

雨量、地下水脈、河川。ブドウは乾燥地で育つほど、香りが凝縮する。けれど水なしには生きられない。

II  Old vs New

Old World, New World.

旧世界と新世界、二つの哲学。

世界のワイン産地は、大きく二つに分けられます。旧世界(Old World)と新世界(New World)です。これは地理的な区分でありながら、同時に二つの哲学の対立でもあります。

旧世界:フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、ポルトガル――千年以上のワイン作りの歴史。土地を主役にする。「このブドウは、このテロワールでしか作れない」という発想。

新世界:アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、南アフリカ、日本――19世紀以降に発展。品種を主役にする。「最高のシャルドネをつくる」という発想。

旧世界のワインボトルには、しばしば品種が書かれていません。書かれているのは産地名――「シャブリ」「シャンパーニュ」「ブルゴーニュ」「キャンティ」「リオハ」。なぜなら、その土地の名前が、すでにすべてを語っているからです。シャブリと書けば、それは100%シャルドネを意味する。土地が品種を含意するのです。

新世界のボトルは逆に、品種名が前面に出ます。「Chardonnay」「Cabernet Sauvignon」「Pinot Noir」――どの土地で作られていても、品種そのものが商品としての顔になります。

この対比は、味にも表れます。旧世界のワインは抑制的で、土地の個性が前面に出ます。新世界のワインは表現的で、果実感やパワーが前面に出ます。どちらが優れているのではなく、それぞれが別の美学を持っているのです。

III  Burgundy vs Bordeaux

Two cathedrals of French wine.

ブルゴーニュとボルドー、同じフランスの中の別世界。

フランス国内ですら、テロワールの違いがどれほど大きいかを知るには、ブルゴーニュとボルドーを比較することが最良の教科書になります。

ブルゴーニュ Burgundy

フランス中東部。冷涼で大陸性気候。石灰岩と粘土の土壌。単一品種主義――白はシャルドネ、赤はピノ・ノワール。畑を細かく区分けし、それぞれの「クリマ(climat)」が独自の個性を持つ。職人的、繊細、ミニマリスト。

ボルドー Bordeaux

フランス南西部。海洋性気候、温暖。砂利、粘土、石灰の混合土壌。ブレンド主義――カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランを混ぜる。大規模で、構造的で、王侯的。

ブルゴーニュのワインは、土地を語る。
ボルドーのワインは、調合家の腕を語る。

ブルゴーニュは、書道。
ボルドーは、オーケストラ。

同じフランスの中で、同じ「ワイン」というカテゴリの中で、こうも違う美学が並立しているのが、ワインの世界の豊かさです。そしてこの違いは、土地――テロワール――から始まっています。冷涼なブルゴーニュの気候は、酸の高い繊細なワインを生み、温暖なボルドーの気候は、骨格のあるパワフルなワインを生む。土地が、人格を決めているのです。

ブルゴーニュの葡萄畑
ブルゴーニュ、コート・ドール ― 同じフランスでも、土地が別の音楽を奏でる

IV  Pairing by Place

What grows together, goes together.

同じ土地で育つものは、自然に合う。

ペアリングの世界に、「What grows together, goes together」という古い格言があります。同じ土地で育つものは、自然に合う。これは経験則を超えて、テロワールの哲学が料理に応用された結果です。

トスカーナのトマト料理に、トスカーナのキャンティ。
プロヴァンスのハーブを使った魚料理に、プロヴァンスのロゼ。
ボルドーの羊料理に、ボルドーの赤。

その土地で育つブドウと、その土地で育つ食材は、同じ気候、同じ土壌、同じ水を共有している。だから、舌の上で出会ったとき、自然に対話する。

これは魔法ではなく、科学です。地中海性気候で育つトマトは、地中海性気候で育つブドウと、似た「酸の質」を持つ。雨の多い土地で育つきのこは、同じ土地のピノ・ノワールと、似た「土」の香りを共有する。テロワールの記憶は、ブドウだけでなく、すべての食材に刻まれているのです。

イタリア × イタリア Mediterranean

トマト、オリーブオイル、バジル、パルミジャーノ + サンジョヴェーゼ(キャンティ)。地中海の土壌から生まれた素材が、同じ土壌のブドウと響き合う。

プロヴァンス × プロヴァンス Sunlight

タイム、ローズマリー、ラベンダー、子羊 + プロヴァンスのロゼ。太陽の強さが、両者を共通の言語で語らせる。

ブルゴーニュ × ブルゴーニュ Forest

きのこ、鴨、ブルゴーニュ風煮込み + ピノ・ノワール。湿った森の香りを、料理とワインの両方が持つ。

V  At Na Team

Letting the place speak.

土地に、料理を語らせる。

Na Team のコースを設計するとき、私たちはしばしば「テロワール」を一つのコンセプトとして使います。一夜のコースを通じて、一つの土地の物語を語る――例えば「ブルゴーニュの晩夏」「南イタリアの夕暮れ」「日本の里山の秋」。

前菜、魚料理、肉料理、デザート、ワイン。
すべてを同じ土地、同じ季節、同じ空気の中から選ぶ。
そうすると、コース全体が、一枚の風景画のように立ち上がる。

これは料理人として最も贅沢な遊びでもあり、最も誠実な仕事でもあります。テロワールを意識すれば、料理は単なる味の組み合わせを超えて、地理と歴史の翻訳になります。客は、皿の上で、フランス南西部の夏、または瀬戸内海の春を、味わうことができる。

そして、その「物語性」こそが、忘れがたい一夜を作ります。「あれは何という料理だった?」よりも、「あの夜、私はブルゴーニュの森の中にいた」と思える方が、ずっと記憶に残るのです。

テロワールは、ワインの哲学であると同時に、料理の哲学でもあります。土地を信じ、土地を翻訳する。料理人とは、地理を翻訳する人でもあるのです。

ワインは、土地の翻訳である。
土壌が、気候が、傾斜が、ひと粒のブドウになり、
そのブドウが、グラスになる。

「これはブルゴーニュだ」と言えたとき、
あなたは、地理を飲んでいる。

― Na Team Lab

―  Experience The Principle

Taste the place.

土地を、口で確かめる。

Q

Terroir, in plain words.

テロワールとは ― よくあるご質問。

テロワールとは、簡単に言うと何ですか?

ブドウなどの農作物が育った土地の環境すべて ― 土壌、地形、気候、そしてそこで受け継がれてきた人の手仕事 ― を指すフランス語です。同じ品種でも、育った場所が違えば味が変わる。その違いを説明する言葉がテロワールです。日本語に一語で訳せる言葉はなく、風土がもっとも近いとされます。

テロワールはワイン以外にも使いますか?

使います。もともとワインの用語として広まりましたが、現在はコーヒー、カカオ、茶、牡蠣、チーズなど、土地の個性が味に出る食材全般に用いられます。Na Team Labでは料理そのものにも同じ考え方を持ち込み、食材が育った場所の記憶を皿の上に残すことを大切にしています。

テロワールと品種は、どちらが味を決めますか?

どちらか一方ではありません。品種は何の味がするかの輪郭を決め、テロワールはその味がどう表れるかを決めます。同じピノ・ノワールでも、ブルゴーニュとニュージーランドでは酸の伸び方も果実の質感も別物になります。品種が文法なら、テロワールは方言に近いものです。

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Na Team Lab|東京・恵比寿

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