鶏ガラを買ってきて、水から煮出してみた。それなのに、出来上がったスープは白く濁っていて、どこか鶏の匂いが残っている。せっかく時間をかけたのに、お店で飲むあの澄んだスープにはならなかった。そんな経験をお持ちの方は少なくないと思います。
私は恵比寿で、一日ひと組・八席のレストランを営んでいます。厨房では毎日のように鶏ガラの鍋が火にかかっていますが、火をつける前に決めていることがあります。手順ではありません。この出汁を、澄ませるのか濁らせるのかということです。
この記事では、鶏ガラ出汁の取り方を、その分かれ道から順にお話しします。
結論:鶏ガラ出汁の取り方は、澄ませたいのか濁らせたいのかを先に決めるところから始まります。 澄んだブイヨンにするなら、条件は3つです。一度茹でこぼして血や不純物を抜くこと、沸かさずに90℃前後を保つこと、そして途中で混ぜないこと。 反対に、沸かして鶏をほぐしながら煮出すと、身がスープに溶け込んで白く濁り、香ばしさと力強さが出ます。 どちらも仕上がりの一つで、違うのは狙いだけです。昆布や香味野菜を重ねれば、味わいはさらに広がります。
温度の見方は中心温度から考える火入れで、香ばしさの仕組みはメイラード反応で詳しく解説しています。
鶏ガラ出汁の取り方は、狙いを決めるところから始まります
鶏ガラ出汁の取り方を調べると、たいてい「濁らせないコツ」が出てきます。澄んだスープが正解で、濁ったスープは失敗。そういう前提で書かれているものがほとんどです。
私の見方は少し違います。澄ませたいのか、濁らせたいのか。先に決めるのは、そこです。
澄んだスープを狙うなら、条件は3つあります。
1. 一度茹でこぼして、血や不純物を抜くこと
2. 沸かさずに、沸くか沸かないかの温度を保つこと
3. 途中で混ぜないこと
この3つを守れば、鶏ガラ出汁は澄みます。裏を返せば、この3つを外したときに濁ります。ここまでは、多くのレシピと同じ結論です。
違うのはこの先の話です。白く濁ったスープには、澄んだスープにはない香ばしさと厚みがあります。狙って濁らせることもある、ということです。だから3つの条件は、守るべき掟ではありません。行き先を選ぶためのハンドルだと考えてください。
鶏ガラ出汁・ブイヨン・フォンは何が違うのか

先に、言葉を整理しておきます。呼び名は分かれていますが、鍋の中で起きていることは地続きです。
| 呼び名 | 主な材料 | 立ち位置 |
|---|---|---|
| 鶏ガラ出汁 | 鶏ガラと水 | 鶏の旨味を液体に移したもの |
| ブイヨン | 鶏ガラ+香味野菜 | 料理の土台になる、フランス料理の基本の出汁 |
| フォン・ド・ヴォライユ | 鶏の骨や肉+香味野菜 | ソースに仕立てることを前提にした、より濃い出汁 |
| コンソメ | ブイヨンを澄ませたもの | それ自体を一皿として供する澄んだスープ |
家庭の鍋に置き換えるなら、鶏ガラだけで取れば鶏ガラ出汁、そこに玉ねぎやセロリを加えればブイヨンに近づきます。フォンは、その先で煮詰めていったものだとお考えください。
私自身は、この境目をあまり意識していません。狙う味に合わせて、入れるものを足したり引いたりしているだけです。用語が先にあって料理があるのではなく、料理の狙いが先にあります。
下処理は一度茹でこぼす ― 血合いと肺は取るか、残すか
最初の工程は、茹でこぼしです。
沸かしたお湯に鶏ガラを入れ、そのお湯を捨てます。これで血や汚れが一度に抜けます。捨てるお湯が、そのまま雑味です。ここを省くと、あとの温度管理をどれだけ丁寧にしても、匂いが残ります。
そのあと、鶏ガラを鍋に戻して出汁を取り始めます。二回目のお湯は、沸かしたものでなくてかまいません。常温の水からで大丈夫です。二度目は、熱湯である意味がないからです。
血合いと肺は、取るか、あえて残すか
茹でこぼしたあと、鶏ガラの内側には血合いや肺が残っていることがあります。これをどうするかで、出汁の性格が変わります。
繊細な味わいを狙うなら、取り除きます。指と流水で落とせる範囲で十分です。不純物が減るほど、出汁は静かで透明感のある味になります。
反対に、荒々しい味わいがほしいときは、あえて残します。残した分だけ、出汁は力を持ちます。上品さは薄れますが、はっきりとした個性が出ます。
きれいに掃除することが、いつでも正解というわけではありません。ここもまた、狙いから逆算する場面です。
温度は沸くか沸かないか ― 90℃前後で澄み、沸かせば乳化します
火加減の話に入ります。仕上がりをいちばん大きく分けるのが、ここです。
澄んだスープを取るときの温度は、沸くか沸かないかくらい。数字で言えば90℃前後です。鍋底から泡が上がってきそうで、まだ上がってこない。その状態を保ちます。
| 温度帯 | 鍋の中で起きること | 仕上がり |
|---|---|---|
| 沸くか沸かないか(90℃前後) | 対流が起きず、素材がほとんど動かない | 澄んだスープ。コンソメのような透明感 |
| 沸かす | 鶏の身がスープに溶け込み、乳化する | 白く濁る。香ばしさと力強さが出る |
沸騰させると、鍋の中で対流が起きます。素材同士がぶつかり、細かい粒子が舞い上がって、液体全体に散らばります。これが濁りの正体です。
そのまま沸かした状態で火を入れ続けると、鶏の身そのものがスープに溶け込んでいきます。少し乳化したような、とろみを感じる質感になります。同時に、香ばしさも立ち上がってきます。
時間は、1時間半から3時間ほどが目安です。長く煮出すほど味は濃くなりますが、その分かさは減っていきます。この「かさが減る」という事実が、あとで塩の話につながります。
アクは、浮いてきたら静かにすくいます。おたまで鍋をかき回して集めるのではなく、浮いているものだけをそっと取る。ここで鍋を混ぜてしまうと、それまで保っていた透明感が一度で崩れます。
濁る原因は混ぜたこと ― ただしそれは失敗ではありません
濁ってしまう理由を、もう少し具体的に見ていきます。
原因はほとんどの場合、沸騰させたことと、混ぜたことの2つです。裏を返せば、沸かさず、混ぜなければ、鶏ガラスープが濁ることはあまりありません。
ここまでは、一般的な話です。
混ぜて、あえて鶏をほぐしながら煮出していくと、身がスープに溶け込んで白く濁ります。荒々しい味わいになり、香ばしさが出ます。これは失敗でしょうか。私はそうは考えていません。白く濁ったスープは、澄んだスープには出せない厚みを持っています。
使い分けの目安は、次のように考えています。
- 澄んだ出汁:素材の輪郭を立ち上げたいとき。前菜や、繊細な一皿に
- 白濁した出汁:力強さがほしいとき。寒い日の一皿や、香ばしさを主役にしたいときに
大切なのは、どちらを狙っているのかを火にかける前に決めておくことです。決めずに作ると、どちらでもないスープになります。濁って落ち込んだ経験があるとしたら、それは腕の問題ではなく、行き先を決めていなかっただけかもしれません。
昆布とトマトを重ねる ― 鶏だけで出汁を取らない理由
私は、鶏ガラだけで出汁を取ることはあまりありません。
鍋に入れるのは、昆布、トマト、セロリ、玉ねぎ。香味野菜と一緒に煮込むことが多いです。鶏だけの味わいというよりも、野菜と鶏の旨味を重ねたほうが、味わいの広がり方が増します。
鶏だけの出汁は、一本の線のような味です。そこに昆布とトマトが入ると、線が何本か重なります。味の複雑性を積み上げていく作業だと考えています。
昆布を入れるのは、和風にするためではありません
フランス料理の鍋に昆布、と聞くと意外に思われるかもしれません。けれど、これには理由があります。
Na Team Lab には料理とワインについての9つの原則があり、その2番目が「うま味の引き立て方」です。昆布やトマトに含まれるグルタミン酸と、鶏や魚に含まれるイノシン酸。この2つを組み合わせると、それぞれを単独で使ったときの合計を大きく超える効果が生まれます。研究で示されている効果は、最大で7倍です。
つまり昆布は、和の風味を足すために入れているのではありません。鶏の旨味そのものを増幅させるために入っています。トマトも同じ役割です。
和と洋で出汁を分けて考える必要は、私はないと思っています。素材が持っている成分を見れば、境目のほうがあとから引かれたものだと分かります。
塩は、かさが減ってから決めます
塩をいつ入れるか。ここも失敗の分かれ目になりやすいところです。
先に結論をお伝えすると、最初に決めないことです。煮出している間、水分は蒸発し続けます。かさが減れば、同じ量の塩でも味は濃くなります。最初に決めた塩梅は、2時間後には別の塩梅になっています。
私の手順はこうです。
1. 最初は控えめに、ごく少量だけ入れる
2. 煮出しながら、徐々に味見をしていく
3. かさが減りきって水分量が確定したところで、塩梅を決める
4. そこで味を確定させる
この順番なら、失敗する可能性は低くなります。
塩は、5つの味のひとつというだけの存在ではありません。旨味のピークを引き出す触媒でもあります。塩が足りなければ旨味は眠ったまま、ちょうどよければ一気に立ち上がり、行き過ぎれば塩の奥に消えてしまいます。そのピークは一点しかありません。
保存と使い道 ― 出汁が変われば、料理は全部変わります
取り終えた出汁は、漉してから粗熱を取り、清潔な容器に移して冷やします。保存の目安は、冷蔵で3日ほど、冷凍で1か月ほど。冷凍するときは製氷皿に流しておくと、必要な分だけ取り出せて便利です。いずれの場合も、早めに使い切るほうが香りは保てます。
使い道は、思っているより広がります。リゾットの水分をこれに替えるだけで、米の一粒ずつに旨味が入るはずです。煮詰めてフレンチのソースに仕立ててもよいですし、前菜のひと皿に少量を落とすだけでも、味の芯が変わります。
だからこそ、多めに取っておくことをおすすめします。出汁は料理の土台です。土台が変われば、その上に乗るものは全部変わります。同じレシピ、同じ食材で作っても、出汁が違えば別の料理になる。私が出汁の話を長くしてしまうのは、そのためです。
温度と手つきは、見てしまうのが早いかもしれません
とはいえ、「沸くか沸かないか」も「混ぜない」も、文字で読むのと鍋の前に立つのとでは距離があります。泡がどのくらい出たら火を弱めるのか。アクをどのくらいの力ですくうのか。この種のことは、一度見てしまえば身体が覚えます。
Na Team Lab では、恵比寿の店をそのまま使って料理教室を開いています。
- 1回 6,000円(材料費込み・入会金なし)
- 8名限定・2時間
- シェフが実演し、参加者はそれを見て味わうデモンストレーション形式
- 場所:恵比寿 Na Team Lab
まとめ
- 鶏ガラ出汁の取り方は、澄ませるか濁らせるかを先に決めるところから始まります。手順は、そのあとについてきます
- 澄んだブイヨンにする条件は3つ。茹でこぼす・沸かさない・混ぜない
- 血合いや肺も、繊細に仕上げたいなら取り除き、荒々しさがほしいならあえて残す。ここも選択です
- 温度は沸くか沸かないかの90℃前後。沸かせば鶏が溶け込み、白く濁って香ばしさが出ます
- 昆布とトマトは和風にするためではなく、鶏の旨味を増幅させるために入ります。塩は、かさが減りきってから決めます
よくある質問
鶏ガラ出汁を白濁させたいときは、何を変えればよいですか?
温度と手の入れ方の2つです。沸かした状態で煮出し、途中で混ぜて鶏をほぐしていくと、身がスープに溶け込んで白く濁ります。香ばしさと力強さが出ますので、しっかりした一皿に合わせたいときはこちらを選びます。
鶏ガラの茹でこぼしは省略できますか?
繊細な味わいを狙うなら、省略しないほうがよいと考えています。一度沸かしたお湯に通してそのお湯を捨てると、血や不純物が抜けて雑味が減ります。荒々しさを残したい場合は、血合いなどをあえて残す選び方もあります。
鶏ガラ出汁とブイヨンは何が違いますか?
呼び名が違うだけで、成り立ちは地続きです。鶏ガラを煮出したものが鶏ガラ出汁で、そこに香味野菜を加えて煮出したものを、フランス料理ではブイヨンと呼びます。同じ鍋の延長線上にあるとお考えください。
澄み方も濃度も、鍋のそばで確かめる。
恵比寿の八席で、出汁の温度と手の入れ方を現役シェフの実演から学べる料理教室です。

