レストランで「本日はベアルネーズソースで」と説明を受ける。メニューにドミグラス、ベシャメルという文字が並ぶ。名前は聞いたことがあるのに、それぞれがどう違うのか、互いにどういう関係にあるのかは分からないまま、料理が運ばれてくる。フレンチのソースの種類を調べても、名前の羅列が出てくるだけで、頭の中で地図になってくれない。そう感じたことはないでしょうか。

私は東京・恵比寿で、一日ひと組・八席のレストランを営んでいます。今日も厨房でソースを作りました。名前のあるソースではありません。パプリカとトウモロコシを合わせ、生クリームを混ぜ、塩で締めたものです。

この記事では、フレンチのソースを五つの幹と、その枝として整理します。そのうえで、現代の店で実際に何が作られているのか、そして家庭で最初に覚えるならどれなのかを、現場の側からお話しします。

SUMMARY

結論:フレンチのソースは、五つの母ソースを幹として枝分かれする体系です。 ベシャメル、ヴルーテ、エスパニョール、トマト、オランデーズ。この五つを基本に、モルネーやベアルネーズといった派生が生まれます。 ただし現代の店では、母ソースをそのまま出す機会はそれほど多くありません。肉汁を煮詰めたジュや、フライパンの底に残った旨味から起こすパンソースのほうが日常です。 家庭でフレンチのソースを覚えるなら、出汁を引かずに作れるパンソースからをおすすめします。

家庭で使いやすい作り方はフライパンの底から作るソースで、濃度と香りを支える考え方は塩と旨味でも解説しています。

フレンチのソースは、五つの母ソースから枝分かれする

フレンチのソースの種類は、母ソース(ソース・メール)と呼ばれる五つを幹として、そこから枝分かれする体系で整理されています。

十九世紀に、フランス料理の体系化を進めた料理人たちが、無数にあったソースを「基本となるいくつか」へ整理しました。それを二十世紀初頭に再編し、今日まで使われている五分類にしたのが、エスコフィエの系譜です。

大切なのは、この五つが優劣の順位ではなく、構造の分類だということです。ベシャメルが初級でオランデーズが上級、という話ではありません。何をベースにし、何でとろみをつけているかという違いで、五つに分かれています。

そして、それぞれの母ソースに何かをひとつ加えると、別の名前がつきます。ベシャメルにチーズを加えればモルネー。オランデーズにエストラゴンを加えればベアルネーズ。名前の数は多くても、覚えるべきは幹と、枝の分かれ方だけです。

結論を先にお伝えすると、ご家庭で作るなら、この五つのどれでもありません。フライパンの底に残った旨味から起こすパンソースが、最初のひとつになります。理由は記事の後半でお話しします。

五つの母ソース

肉料理へソースを注ぐ仕上げ
ソースは料理の上に足すものではなく、素材の旨味を一皿へ戻すためにあります。

まず、幹にあたる五つを一覧にします。

母ソースベースとろみのつけ方代表的な派生向く料理
ベシャメル牛乳白いルーモルネー、スービーズグラタン、クロックムッシュ
ヴルーテ白い出汁淡い色のルーシュプレーム、アルマンド鶏、白身魚
エスパニョール褐色の出汁褐色のルードミグラス、ボルドレーズ赤身肉、煮込み
トマトトマト果肉そのものプロヴァンサル、ポルテュゲーズ卵、鶏、パスタ
オランデーズ卵黄とバター乳化ベアルネーズ、ムスリーヌ白身魚、卵、野菜

ベシャメル ― 牛乳を白いルーで繋ぐ

バターと小麦粉を色づけずに炒め、牛乳でのばした白いソースです。フレンチのソースの中で、日本の家庭にもっとも入り込んでいるものでもあります。グラタンやクリームコロッケの中身は、これです。

ヴルーテ ― 白い出汁を淡いルーで繋ぐ

ベシャメルの牛乳を、鶏や仔牛、魚の出汁に置き換えたものと考えると分かりやすくなります。ルーの色を淡く止めるため、仕上がりは象牙色。素材の出汁がそのまま味の芯になるので、出汁の質がそのまま出るソースです。

エスパニョール ― 褐色の出汁を褐色のルーで繋ぐ

トマト ― 果肉そのものがとろみになる

五つの中で、これだけがルーを必要としません。トマトの果肉と水分を煮詰めていくと、それ自体が濃度を持ちます。外から何かを足してとろみをつけるのではなく、水分を減らして濃度を上げるという考え方で、この点だけ他の四つと構造が違います。

オランデーズ ― 卵黄とバターを乳化で繋ぐ

卵黄に溶かしたバターを少しずつ合わせ、乳化させてとろみを出します。粉をいっさい使いません。温度が高すぎても低すぎても分離するため、五つの中でもっとも壊れやすいソースです。逆に言えば、乳化だけでソースが立ち上がることを、いちばん分かりやすく見せてくれます。

派生ソースの一覧

五つの幹から、どのように枝が分かれるのか。代表的なものを一覧にします。母ソースに何をひとつ加えたかという目で見てください。

派生ソース母ソース加えるもの向く料理
モルネーベシャメルチーズグラタン、白身魚
スービーズベシャメル玉ねぎのピュレ肉、卵
ナンチュアベシャメル甲殻類のバター海老、帆立
クレームベシャメル生クリーム野菜、鶏
シュプレームヴルーテ生クリーム
アルマンドヴルーテ卵黄と生クリーム仔牛、鶏
ヴァン・ブランヴルーテ白ワイン白身魚
ノルマンドヴルーテきのこ、クリーム魚介
オーロラヴルーテトマト鶏、卵
ドミグラスエスパニョール煮詰めて濃縮する赤身肉、煮込み
ボルドレーズエスパニョール赤ワイン、エシャロット
シャスールエスパニョールきのこ、白ワイン、トマト鶏、仔牛
ロベールエスパニョール玉ねぎ、マスタード
マデールエスパニョールマデイラ酒肉全般
ペリグーエスパニョールトリュフ肉、フォワグラ
ディアブルエスパニョール白ワイン、香辛料
プロヴァンサルトマトにんにく、ハーブ、オリーブオイル魚、野菜
ポルテュゲーズトマト玉ねぎ、にんにく卵、鶏
ベアルネーズオランデーズエストラゴン、エシャロットの酢牛、羊
ムスリーヌオランデーズ泡立てた生クリーム白身魚、アスパラガス
ショロンオランデーズトマト牛、魚
マルテーズオランデーズ柑橘野菜、白身魚

二十二の名前を覚える必要はありません。この表で見ていただきたいのは、三列目がどれも「ひとつ」だということです。チーズ、玉ねぎ、赤ワイン、トリュフ、エストラゴン。母ソースという土台があるから、加えるものはひとつでよく、それだけで名前が変わる。

つまりフレンチのソースの種類が多いのは、発想が複雑だからではなく、土台が共通しているからです。

母ソースに入らない、現代の主役

ここからが、レシピの一覧にはあまり書かれない部分です。

現代のフレンチの店で、母ソースの名前がつくソースをそのまま出す機会は、それほど多くありません。 母ソースが古い、という意味ではありません。分類として正しく、今も学ぶ価値のある幹です。ただ、皿の上で実際に使われているものは、この五分類の外へ広がっています。

代表的なものが、次の四つです。

  • ジュ ― 肉や骨から出た旨味を煮詰めたもの。ルーを使わず、水分を減らすことだけで濃度を出す
  • パンソース ― 肉を焼いたフライパンの底に残った旨味から起こすソース
  • ヴィネグレット ― 酸と油。乳化させるかどうかで、見た目も味わいも変わる
  • バターソース ― バターの乳脂肪そのものを、とろみと風味の両方に使う

共通しているのは、ルーで繋いでいないということです。粉ではなく、素材から出たものと、脂肪と、水分の量で濃度をつくっている。ここが二十世紀と現在の、いちばん大きな違いだと私は考えています。

私の店で、実際に作っているソース

八席のコースで出しているソースにも、母ソースの名前がつくものはほとんどありません。素材から起こしたオリジナルを作ることが多いためです。直近で実際に作ったものを挙げます。

  • パプリカとトウモロコシのソース ― 二つを合わせ、生クリームを混ぜ、塩を入れる
  • トマトのソース ― トマトを煮詰めて、塩を入れただけ
  • ベリーソース ― 肉から取った出汁に、赤ワインと黒糖、ベリーを合わせる

仕上げは、ミキサーで回して裏ごしをし、滑らかにした状態でお出しすることが多いです。ソースは丁寧に作っていきたいので、この工程は省きません。ルーで繋ぐ代わりに、素材そのものの繊維と水分で濃度をつくっている、という言い方もできます。

出張料理の現場でも、この考え方は変えていません。店でやるのとあまり変わらず、同じソースを持っていきます。 気をつけているのは一点だけ、濃度です。

ソースの系統で、合わせるワインは決まる

ソースが決まると、ワインの方向もほぼ決まります。私の店では、次のように考えています。

ソースの系統中身合わせるワイン
ブール系バターの乳化で繋いだソース樽のきいた白ワイン
ジュ系肉汁から起こしたソース赤ワイン
焦がしバターバターを色づかせたソース樽の香りと苦味のあるオレンジワイン

見ているのは、油脂の質と、旨味の出どころです。バターが主役なら樽の効いた白を合わせ、肉汁が主役なら赤を合わせる。焦がしたものには、焦げの香ばしさと苦味を同じ方向で響かせる。これは私たちが大切にしている9つの原則のうち、同調の考え方そのものです。

なお焦がしバターは、失敗しやすいため、料理教室ではまだ扱っていません。今後お伝えしていきたい技術のひとつとして考えている段階です。

ソースの味を決めている三つの要素

名前を覚える代わりに、ここだけ持ち帰っていただければ十分です。どのソースも、旨味・酸・濃度の三つで組み立てられています。

旨味の濃度 ― 出どころを決める

まず、旨味をどこから持ってくるかを決めます。出汁から取るのか、肉汁から取るのか、素材そのものの水分から取るのか。

酸 ― 立てるのか、丸めるのか

次に、酸をどう扱うかです。レモン、ワイン、酢。フレンチのソースには、ほとんどの場合どこかに酸が入っています。

ここでひとつ、実際に厨房でしている判断をお伝えします。レモンの酸味に対してバターを入れると、まろやかになります。 ですから、酸を立てたいのか、丸めたいのかを先に決めてから、バターの量を決めます。順序が逆になると、味が決まりません。

バターを入れるかどうかで、バター感が全面に出るかどうかも変わります。まろやかさの度合いと、酸味の度合い。この二つを同時に見ながら、少しずつ寄せていきます。

脂肪と乳化 ― 濃度は四つの手段でつくれる

そして濃度です。家庭でいちばん再現しにくいと思われている部分ではないでしょうか。

濃度をつける手段は、ひとつではありません。私は次の四つを、その日の狙いによって使い分けています。

手段何が起きるか
乳化油と水が繋がり、ソースとしてのとろみが出る
バター乳脂肪で濃度が上がる。同時にバター感も前に出る
糖分糖分を加えることでも、濃度は上がる
温度帯温かい状態より、冷やしたほうが濃度がつく

四つ目を意外に思われるかもしれません。けれど、冷やすだけで濃度は変わります。 温かいうちに「ゆるい」と感じても、冷めたときにちょうどよく落ち着くことがある。逆に、温かいうちにちょうどよければ、冷めたときには重すぎる。煮詰める以外にも、手はあるということです。

もうひとつ。レモンやオリーブオイルのような、さっぱりと仕上げたい油脂については、乳化させるかさせないかで、見せ方も味わいも変わります。 乳化は「するのが正解」ではなく、選択です。繋いで一体にするのか、分かれたまま層として見せるのか。決めてから作り始めてください。

家庭で最初に覚えるなら、パンソース

フレンチのソースを家で作ろうとして止まる理由は、たいてい出汁を引くところから始まっていることです。母ソースの五つのうち四つは、ルーか出汁を必要とします。平日の夜に、そこから始めるのは現実的ではありません。

そこでパンソースです。肉や魚を焼いたあと、フライパンの底に残ったものから起こすソースで、材料をひとつも買い足さずに作れます。

1. 肉を焼き、フライパンから取り出して休ませます

2. フライパンに残った余分な脂を、軽く取り除きます

3. 白ワインか水を少量入れて、底に残った旨味を溶かします

4. 少し煮詰めます

5. 火を弱め、バターを加えてフライパンを揺らし、乳化させます

塩を当てるのは、いちばん最後です。このとき見るのは、加えた塩の量ではなく塩味の総量です。バターに塩分が入っていれば、それも数に入れる。総量から逆算して、足りない分だけを塩で足す。この順序を守ると、煮詰めすぎて塩辛くなる失敗が減ります。

うまくいかないときは、二つの方向で考える

家庭でソースがうまくいかないとき、原因はほぼ二方向に分かれます。

状態手当て
ゆるいバターを足す、糖分を加える、あるいは冷やす
分離した乳化させた状態を保つことを、次回の目標にする

分離させないこと。 これが、パンソースでいちばん大事な一点です。乳化させた状態のソースであれば、その状態をつくり、保つ。バターをたくさん入れれば濃度は上がりますし、冷蔵庫に入れればさらに上がります。ゆるさのほうは、温度帯を意識するだけでかなり解決します。

ソースは、見て覚えるもの

ここまで、フレンチのソースの種類を五つの幹と二十二の枝で整理してきました。ただ、正直に申し上げると、濃度だけは文章では渡しきれません。

木べらを伝って落ちる速さ。スプーンの背に残る膜の厚さ。冷めたときに、どれくらい締まるか。私が厨房で見ているのは、分量ではなく、この手触りのほうです。今日作ったパプリカとトウモロコシのソースも、レシピを見て作ったわけではありません。裏ごしをして、木べらで持ち上げて、落ちる速さを見て決めています。

だからソースは、読むより見たほうが速い。恵比寿のLabでは、月替わりで料理教室を開いています。デモ型なので、作るところを見ながら、飲みながら学んでいただけます。

  • 料金:6,000円〜(材料費込み)
  • 8名限定・2時間
  • 土日の昼12時スタート・月替わり・1回完結
  • 入会金なし・回数の縛りなし
  • 場所:恵比寿 Na Team Lab

まとめ

  • フレンチのソースは、ベシャメル・ヴルーテ・エスパニョール・トマト・オランデーズの五つの母ソースを幹として枝分かれする体系です
  • 派生は「母ソースに何かをひとつ加える」だけで名前が変わります。二十二の名前を覚えるより、枝の分かれ方を見てください
  • 現代の店で実際に多いのは、母ソースそのものではなく、ジュやパンソースのようにルーで繋がないソースです
  • ソースは旨味・酸・濃度の三つで決まります。濃度をつける手段は、乳化・バター・糖分・温度帯の四つです
  • 家庭で最初に覚えるならパンソースです。出汁を引かず、フライパンの底に残った旨味から起こせます

よくある質問

フレンチのソースに使うバターは、無塩と有塩のどちらがよいですか?

塩味を自分で決められる無塩をおすすめします。ソースは煮詰めるほど塩味が凝縮するためです。有塩バターを使う場合は、そのバターの塩分も合計に数えてください。大切なのは塩の入れ方ではなく、塩味の総量を把握し、そこから逆算して当てることです。

フレンチのソースは作り置きできますか?

系統によります。ジュやトマト、ドミグラスのように煮詰めてつくるソースは、冷やして保存できます。一方、オランデーズやバターで繋いだソースは、乳化でとろみを保っているため、時間や温度差で分離します。乳化系は、その都度つくるものとお考えください。

ソースを使わないフレンチもあるのでしょうか?

あります。素材そのものの水分や脂を生かし、ソースを最小限にとどめる仕立ても増えています。ただしその場合も、皿の上で味をつなぐ役割は残ります。ソースは料理の飾りではなく、素材と素材を結び直すものだと私は考えています。

Na Team Lab オーナーシェフ 川原壯太
ABOUT NA TEAM LAB Na Team Lab|株式会社Na Team

東京・恵比寿を拠点に、出張料理・店舗貸切・料理教室・ワイン会を展開。料理、ワイン、空間、その日の時間までを設計し、食を通して心に残る体験をつくっています。

執筆:(オーナーシェフ)。年間200件を超える出張料理・会食の経験をもとに、現場の視点をお伝えします。

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ソースの濃度は、文字より実演で分かる。

乳化、煮詰め、火を止める位置を、完成した味とともに確かめる料理教室です。

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