メニューを開くと、ワインのページの先頭に「ハウスワイン」と書かれている。グラスで頼めて、下に並ぶ銘柄より明らかに安い。頼んでいいものなのか、それとも安く済ませようとしていると見られるのか。そんな迷いを抱えたまま、手元で調べている方もいらっしゃるかもしれません。
ハウスワインとは何か。この記事は、ワインを売る立場からではなく、店でワインを選んで注いでいる側から書きます。しかも私たちの店には、ハウスワインがありません。置いていない側から眺めると、この仕組みが何のためにあるのかが、かえってよく見えてきます。
結論:ハウスワインとは、その店が「うちの定番」として常時置いている一本のことです。 「house」は店そのものを指す言葉で、安いワインという意味ではありません。 価格が抑えられているのは品質が低いからではなく、同じ銘柄をまとめて仕入れられるという構造によるものです。 料理を主役にしたい夜には向きますが、特定の一杯を確かめたい夜には向きません。 ただし、何を選ぶかは店に委ねられています。だからこそ、その一本にはその店の考え方が表れます。
ハウスワインとは、店が選んだ「うちの一本」
ハウスワインとは、その店が定番として常時置いている一本のことです。「house」は、この場合その店自身を指しています。つまり「うちの一本」。安いワインという意味の言葉ではありません。
ここが最初の分かれ目です。「ハウスワイン」という言葉は、品種も産地も造り手も指していません。何を置くかは、それぞれの店に委ねられています。ですからA店のハウスワインとB店のハウスワインに、共通点が何もない、ということが普通に起こります。共通しているのは「その店が選んだ」という一点だけです。
「安いほうのワイン」と受け取られやすいのは、実際に価格が抑えられていることが多いからでしょう。ただ、安さは結果であって、定義ではありません。順序が逆になっています。
メニュー上の位置も、この誤解を後押ししているように思います。リストの先頭に「まずはこれ」という顔で置かれているぶん、価格も入口らしく設定されている。置かれている場所と価格が連動しているだけで、中身の格を示しているわけではありません。
では、なぜ結果として安くなるのか。
なぜ安いのか。仕入れの構造から考える

まとめて仕入れられるから、というのが答えの中心にあります。
常に置くと決めた一本は、使う量が読めます。読めるから、まとまった数で仕入れられる。仕入れの単位が大きくなれば、一本あたりの価格は下がります。下がったぶんを、そのまま提供価格に反映できる。安さの理由は、ワインそのものの質ではなく、この流れのほうにあります。
私たちの店でも、構造としては同じです。ワインは卸売価格でまとめて仕入れており、そのぶんをお客様への価格に反映しています。セラーには常時200本ほどが並んでいて、その日の会に合わせてそこから選んでいます。ワイン会のときも、やり方は変わりません。
ですから、価格の低さをそのまま質の低さと読み替える必要はありません。もちろん、安く仕入れられる銘柄を優先している店もあるでしょう。ただ、同じ価格帯でも、選び方によって中身は大きく変わります。その選び方こそが、後で触れる「店の考え」にあたる部分です。
セラーに並ぶ本数が、そのまま選択肢の幅になります
頼んでいい場面と、避けたい場面
判断の基準はひとつだと考えています。その夜の主役が、料理なのかワインなのか。ここで分かれます。
頼んでいい ― 料理に任せたいとき
次のような場面では、ハウスワインは良い選択になります。
- 何を飲むか決めきれていないとき
- 料理を主役にして、ワインには寄り添ってもらいたいとき
- 大人数で、まず一杯目を揃えたいとき
ハウスワインは、その店の料理と極端にぶつからないよう選ばれていることが多いはずです。前に出すぎない一杯は、料理を味わいたい夜にはむしろ好都合です。
私自身、他のお店でハウスワインをお願いすることがあります。価格に対して満足度の高い一杯が出てくるという印象で、そう外れることは少ないと感じています。あくまで私の実感ではありますが。
避けたい ― その一杯を確かめたいとき
一方で、次のような夜には向きません。
- 特定の品種を味わってみたいとき
- 記念日など、ワイン自体を体験の中心に置きたいとき
- 一皿ごとに合わせ方を変えて楽しみたいとき
ハウスワインは、特定の皿のために選ばれた一本ではなく、全体と穏やかに付き合うための一本です。「この料理に、この一杯を」という精度を求めると、噛み合わなくなります。
避けるべきワインという意味ではありません。役割が違うだけです。その夜に何を確かめたいのかが決まっていれば、選び方も決まります。
その一本に、店の考えが出る
何を置くかが店に委ねられている以上、ハウスワインを選ぶことは、店が「うちはこういう店です」と表明することでもあります。価格を優先するのか、料理との相性を優先するのか。同じ一行の裏側で、考えていることは店ごとに違います。任せて出てきた一杯から、その店の姿勢が見えてくる。私はそう思っています。
そのうえで、私たちの立場を明かします。Na Team Lab には、ハウスワインがありません。 会ごとにペアリング用のワインを用意し、その日限りのコース、その日限りのペアリングとしてお出ししているためです。常設の一本を必要としない組み立てになっている、というだけのことです。
選ぶ順序も、一般的な発想とは逆かもしれません。先にワインを決めて、そこから料理を組みます。 泡から始めて、白へ、赤へ、最後に甘口へ。「今回はこの一本を軸に」と決まったら、その味わいに合うよう皿の内容を調整していきます。料理に合わせてワインを探すのではなく、ワインに合わせて料理を編む。順番が違えば、出来上がる一夜も変わります。
直近のワイン会は、フランスのワインだけに絞って組みました。
- シャンパーニュ
- ボルドーのソーヴィニヨン・ブラン
- ブルゴーニュのシャルドネ
- ブルゴーニュのピノ・ノワール
- ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローのブレンド
- ソーテルヌ
泡、白が二杯、赤が二杯、最後に甘口。大きな流れはこの通りですが、その中にもう一段小さな流れが入っています。白はソーヴィニヨン・ブランからシャルドネへと厚みが増し、赤はピノ・ノワールからカベルネとメルローへと骨格が強くなる。大きなリズムの中に、小さなリズムが入れ子になっているわけです。合わせ方の考え方は、ワインペアリングを「対話」として捉える記事でお話ししています。
「フランスだけ」という縛りも、その回の主題になります。裏返せば、常設の一本にしかできない役割もある、ということです。ハウスワインを置かないという選択は普通の飲食店にはまずありませんし、多くのお客様に好まれています。私たちが置いていないのは、店の形が違うからにすぎません。
一夜の流れは、最初の一杯を決めた時点でおおよそ決まります
ボトルとグラス、どちらが割安か
実務的な話に戻ります。ハウスワインをグラスで重ねるのと、ボトルで頼むのと、どちらが割安になるのか。ここからは業界の一般的な傾向についての私の見立てであって、統計に基づく数字ではないことを先にお断りします。
まず、一本からグラス何杯を取るか。七杯前後で提供している店が多いのではないかと思います。そして多くの店では、ボトルのほうが割安になるよう価格が組まれています。感覚としては、三杯から四杯ほど飲むならボトルのほうが割安になる価格帯に設定されている店が多いのではないでしょうか。
なぜそうなるのか。ここには店側の事情があります。
グラスで出すということは、一度栓を抜くということです。抜いた瞬間から時間との勝負が始まり、数日のうちに売り切らなければならない。想定より出なければ、残りは無駄になります。そのリスクを織り込む以上、グラス売りの単価はどうしても上がります。
反対に、ボトルでお出しできるなら、店に残す心配はありません。お客様にとっても一本あたりが割安になる。双方にとって具合がいいわけです。飲む側の損得と店側の事情は、表と裏の関係にあります。
三人以上で卓を囲むならボトルを一本、二人で軽く一杯ずつならグラスで。おおよその目安になると思います。
「任せる」という飲み方
ハウスワインを頼むというのは、店に委ねるという行為です。何が出てくるかを自分では決めない。決めないかわりに、その店が考えてきたことを受け取る。この構造そのものが、外食の面白いところではないかと思います。
Na Team Lab のワイン会は、その「任せる」を突き詰めた形です。コースとともに六杯をお出しする会もあれば、十本から十五本を並べて立食で楽しんでいただく会もあります。いずれも、私が組んだ順番でお出しします。何が出てくるかは、当日までお伝えしません。
自分で選ぶ楽しさとは別に、任せて飲む楽しさがあります。ハウスワインの一杯にも、その小さな入口が開いています。
ワイン会の日程や Na Team Lab の取り組みについては、公式LINEでもご案内しています。ワインの選び方をご自身で身につけたい方には、シェフが教えるワイン教室もございます。
ハウスワインを頼むときの、ひとこと
ハウスワインを頼むときは「赤(白)のハウスワインをグラスで」と伝えれば十分です。もう一歩だけ聞くなら「軽めですか、しっかりめですか」。それだけで、料理に合わせて出す側も選びやすくなります。
| 伝え方 | 店が分かること |
|---|---|
| 「軽めの赤を」 | 渋みが少なく、前菜や鶏料理に合わせやすいものを探せる |
| 「しっかりした赤を」 | 肉料理に合わせたいことが伝わる |
| 「辛口の白を」 | 魚介や揚げ物に合わせたいことが伝わる |
| 「料理に合わせてください」 | その日の皿に合わせて、グラスで選んでもらえる |
ハウスワインの銘柄が気になったら、遠慮なく聞いてください。店にとって「うちの一本」は自信のある選択なので、たいてい喜んで教えてくれます。
まとめ
ハウスワインとは何か。この記事でお話ししてきたことを整理します。
- 「house」はその店を指す:安いワインという意味の言葉ではありません
- 安さの理由は仕入れの構造:まとめて仕入れられるから価格を抑えられます
- 料理が主役の夜には向く:前に出すぎない一杯は、皿を邪魔しません
- ワインが主役の夜には向かない:特定の一杯を確かめたいときは別の選び方を
- 三杯から四杯ならボトルが割安:グラス売りには店側の時間的なリスクが乗ります
- その一本に店の考えが出る:何を選ぶかで、その店の姿勢が見えてきます
「とりあえずハウスワインで」の一杯は、その店に一度任せてみるということです。出てきた一杯が何だったのかを、少しだけ気にしてみる。それだけで、外食の景色は変わってくると思います。
よくある質問
ハウスワインとグラスワインは、何が違うのですか?
ハウスワインは「その店の定番として常時置いている銘柄」を指し、グラスワインは「グラス単位で提供する売り方」を指します。指しているものの種類が違うため、対立する言葉ではありません。ハウスワインがグラスで出てくることも、ボトルで頼めることもあります。
なぜ「ハウス」ワインと呼ぶのですか?
「house」がその店自身を指す言葉だからです。つまり「この店の一本」という意味であって、安いワインを指す言葉ではありません。何を置くかは店に委ねられているため、その選択にはその店の考え方が表れます。
ハウスワインのアルコール度数は、どれくらいですか?
ハウスワインという言葉は特定の品種や産地を指すものではないため、度数に決まった基準はありません。何を選ぶかは店ごとに違います。気になる場合は、産地と品種を店に尋ねるのが確実です。多くの店は、聞けば教えてくれます。
ハウスワインの意味を簡単に言うと何ですか?
その店が定番として常に置いているワインのことです。「house」は店そのものを指し、安いワインや質の低いワインという意味ではありません。
ハウスワインは、どう頼めばいいですか?
「赤(白)のハウスワインをグラスで」と伝えれば十分です。「軽め」「しっかりめ」「辛口」など好みを一言添えると、料理に合わせて選んでもらいやすくなります。
「うちの一本」を、並べて確かめる。
店がなぜその一本を選んだのか。理由は、飲み比べたときにいちばんよく分かります。Na Team Lab のワイン会は、恵比寿でセラーから何本かを開けて並べる会です。お一人でのご参加も歓迎しています。

