レシピアプリを開けば、作り方はいくらでも出てきます。書かれた分量を量り、書かれた順番で加え、書かれた時間だけ火にかける。それなのに、先週はおいしくできたものが、今日はどこか物足りない。料理が上手くなるにはどうすればいいのかと考えたとき、多くの方はもう一つレシピを増やそうとします。
私は恵比寿で、一日ひと組・八席のレストランを営んでいます。週に4日ほど厨房に立ち、土日の昼には同じ厨房で料理教室を開いています。そこで見ている限り、上達が止まっている方に足りないものは、レシピの数ではありません。順番です。
結論:料理が上手くなるには、レシピの数を増やすことではなく「塩の決め方」「火の止め方」「同じレシピを変えずに繰り返すこと」の3つが必要です。 レシピ通りに作っても味が決まらないのは、手順を知らないからではありません。判断の基準を持っていないからです。 レシピと食材を固定したまま繰り返すと、レシピには書かれていない塩加減と火入れが最適化されていきます。 オリジナリティを出すのは、そのあとです。この順番が逆になっていることが、上達を止めています。
判断の基準は、中心温度で考える火入れと塩と旨味で素材の輪郭を立てる方法でも詳しく解説しています。
料理が上手くならないのは、レシピの数が足りないからではありません
レシピは、手順の記録です。何をどれだけ、どの順で加えるか。そこまでは書いてあります。
けれど、書かれていないことがあります。塩をどこで止めるか。火をいつ止めるか。この二つは、分量や時間では書き表せません。素材の水分量が違えば、鍋の大きさが違えば、その日の火力が違えば、答えは変わってしまうからです。
だからレシピを100個持っていても、味が決まらないということが起こります。手順は100通り知っているのに、判断は一つも持っていない状態です。
上達とは、作れる品数が増えることではありません。自分で判断できる項目が増えることです。
料理が上達しない方に共通する3つのこと

教室で多くの方を見てきて、上達が止まっている場合に共通して見えるものが、3つあります。
味見をしていない
いちばん多いのが、これです。作っている途中で、味を確かめていない。
レシピに書かれた分量を信じて最後まで作り、皿に盛ってから初めて口に運ぶ。その時点で塩が足りなくても、もう戻す手立てはあまりありません。味見は、確認ではなく調整の作業です。
正解の味を作る前に、オリジナリティを出している
これが、いちばん見落とされている点だと思います。
一度も正解にたどり着いていないうちから、材料を足したり引いたりしてしまう。レシピ媒体は「お好みでアレンジを」と勧めますし、それ自体は楽しい行為です。けれど、基準となる味を一度も作っていない状態で変えると、良くなったのか悪くなったのかを判断できません。
比べる相手がいなければ、差は測れません。アレンジは、正解を持っている人の技術です。
アドバイスを素直に受け取れない
もう一つ、これも実際に起こります。塩が足りないとお伝えしても、自分の作り方を先に説明してしまう。
料理の上達は、自分の感覚と外からの評価をすり合わせていく作業です。そのすり合わせを止めてしまうと、感覚はいつまでも自分の内側だけで完結します。
「料理が苦手」の正体は、手順ではなく判断です
料理が苦手だとおっしゃる方に詳しく伺っていくと、手順でつまずいていることはほとんどありません。玉ねぎを刻む、肉を焼く、煮る。作業そのものは、たいてい問題なくできています。
止まっているのは、判断のほうです。
- 塩は、これで足りているのか、入れすぎたのか
- 火は、もう止めていいのか、まだ早いのか
- この味は、完成なのか、途中なのか
料理苦手という言葉で表現されているものの中身は、器用さの話ではありません。判断の基準を、まだ持っていないという話です。
基準は、生まれつき備わっているものではありません。あとから作れます。ですからここは、能力ではなく順番の問題として扱ってよいところだと考えています。
最短で変わる3つの順番
では、料理が上手くなる方法として、何から手をつけるか。私は次の順番をおすすめしています。
| 順番 | 取り組むこと | 判断できるようになること |
|---|---|---|
| ① | 塩を決める | 足りないのか、過ぎたのか |
| ② | 火を止める場所を決める | いつ止めるか |
| ③ | レシピと食材を変えずに繰り返す | 前回との差 |
この順番には理由があります。塩と火は、レシピに書ききれない二大要素です。そして③は、その二つを自分の手に定着させるための方法です。
① 塩を決める ― 段階的な味見から
教室でいちばん多く受ける質問が、塩の量です。断トツで多く、いちばん多く返している話でもあります。
Na Team Labでは、塩の量と味わいの関係を線形ではなく「鋭い山」として捉えています。足りなければ素材の味は立ち上がらず、散漫なまま終わります。過ぎれば、すべてが塩に支配され、素材の個性は消えます。その間に、ピークの一点があります。
大切なのは、一度過ぎた塩は戻せないということです。だから、段階的に味見をします。
1. 塩を入れる前に、素材そのものの味を確かめる
2. 塩を入れた直後に、どう変わったかを確かめる
3. 仕上げの段階で、着地点を確かめる
② 火を止める場所を決める
次が、火です。
火入れは、何分焼くかで決まる作業ではありません。食材の中心温度を狙った温度に運び、そこで止める技術です。同じ3分でも、厚みが違えば、常温に戻してあるかどうかが違えば、結果はまったく別のものになります。
失敗は、突き詰めると2方向しかありません。火入れ不足か、火入れしすぎか。大事なのは、その間のどこに着地させるかを、火をつける前に決めておくことです。着地点を決めずに焼くと、毎回違う場所に着きます。
③ レシピと食材を変えずに、繰り返す
そして、ここが本題です。
同じ料理を繰り返し作ると、料理は上達します。ただし条件があります。そのときは、レシピや使う食材を極力変えないことです。
変数を一つに絞る、と言い換えてもよいと思います。レシピと食材を固定すれば、動かせるのは塩加減と火入れだけになります。レシピ以外の部分が、繰り返すたびに最適化されていきます。
反対に、毎回違う料理を作っていると、何が良くて何が悪かったのかが分かりません。前回との差が見えないからです。1回作るのは体験ですが、繰り返すのは検証です。
そして最適化ができた段階で、はじめて次に進みます。オリジナリティを入れたり、冷蔵庫にあるもので代替したりするのは、ここからです。この順番で進むと、レシピを開かなくても、ぱっと作っておいしく仕上げられるようになります。
レシピは、変えないために使う
ここまで読んで、レシピを手放す話だと受け取られたかもしれません。そうではありません。
私も教室では、簡易的なレシピをお渡ししています。ただ、そこでお伝えしているのは分量ではなく、なぜおいしくなるのかという部分です。レシピは、あくまで補助的な役割だと考えています。
補助というのは、要らないという意味ではありません。変数を固定するための土台という意味です。同じレシピを繰り返し開くからこそ、前回との差が見えます。レシピを増やす行為は、この構造とちょうど逆を向いています。
読み方だけ、少し変えてみてください。分量ではなく、なぜこの順番なのかを読む。なぜ先に塩を当てるのか。なぜここで火を弱めるのか。理由が分かっている工程は、条件が変わっても応用が効きます。
独学では、時間がかかるところ
独学で上達できないとは考えていません。実際に、独学で見事に作られる方はいらっしゃいます。
ただ、独学だと紐解くのに時間がかかる領域があります。私が見ている限り、次のようなところです。
- 塩の量
- 旨味の補填
- 余韻の長さの調整
- なぜこの食材を入れるのか
- この食材は、どういう理由でこの味に変化したのか
共通しているのは、すべてが「なぜ」の問いだということです。手順は本にもアプリにも書いてありますが、理由は書かれていないことがほとんどです。自分の中に答えを持っていないと、一つの問いを解くのに何ヶ月もかかります。
裏を返せば、この「なぜ」に答えられる人が近くにいる状態を作れれば、同じ距離を短い時間で歩けるということでもあります。
上達した方に起きていること
料理教室に通ってくださっている方から、うれしい報告をいただくことがあります。
多いのは、教室で学んだことを家で作って、ご家族に喜ばれたという話です。写真を見せてくださる方もいらっしゃいます。私にとっては、そのときがいちばんうれしい瞬間です。
もう一つ、印象に残っている声があります。
「レシピ通りに作らないといけないと思っていました。でも根本的な要素を押さえておけば、冷蔵庫にあるもので代替できると分かりました。」
これが、私の考える上達の姿とほとんど同じです。レシピという型の外に出られるようになった、ということだからです。この変化は、型を無視した方ではなく、型を繰り返した方に起きています。
私自身は、石垣島の山奥で育ちました。電子レンジのない家で、10歳から包丁を握っています。無農薬の野菜をその日に食べ、夜の海で突いた魚をさばく。レシピを見るよりも先に、素材そのものの味を覚えました。今でも、判断の土台になっているのはあの記憶です。理屈は後から積み上げたもので、出発点は毎日の繰り返しでした。
見て、食べて、直してもらう
料理上手くなる方法としていちばん速いのは何か。そう聞かれたら、私は「正解の味を食べること」と答えます。
塩が決まった状態の味を知らないまま、自分の鍋の塩を判断するのは難しいことです。基準は、言葉ではなく味覚で持つものだからです。
恵比寿のNa Team Labでは、八席のレストランをそのまま教室として使い、料理教室を開いています。私が実演し、参加者の皆さまには見て、味わっていただく形式です。
- 営業と同じ厨房、営業と同じIH
- 食材の仕入れも下処理も工程も、すべてスーパーで手に入るもの
- 家に持ち帰って再現できることを前提に組んでいます
店でしかできない料理をお見せする場ではありません。家の条件のまま、判断のほうを持ち帰っていただく場です。
まとめ
- 料理が上手くなるには、レシピの数ではなく順番が要ります。塩を決め、火を止める場所を決め、そのうえで繰り返すという順番です
- 上達が止まっている場合、共通しているのは3つ。味見をしていない、正解の味を作る前にオリジナリティを出している、アドバイスを受け取れていない
- 塩と味わいの関係は線形ではなく鋭い山です。段階的な味見で、ピークの一点を探ります
- 火入れは、狙った温度に運んで止める技術です。着地点は、火をつける前に決めておきます
- 繰り返すときは、レシピと食材を変えないこと。最適化ができてから、アレンジと代替に進みます
よくある質問
料理が上手くなるには、どれくらいの期間がかかりますか?
1年ほど毎月料理を学び、その間も家で定期的に作り続ければ、変化を感じられると考えています。短期間で身につくものではありません。学ぶ機会と、自宅で繰り返す時間。この二つが往復し続けることが条件になります。
料理が上手くなるには、道具を買い替えたほうがいいですか?
今お持ちのもので構いません。道具は上達の前提条件ではないと考えています。料理が好きになり、こだわりたいと感じたときに買えばよいものです。順番としては、好きになることが先で、道具はそのあとに来ます。
レシピ本やレシピアプリは、もう必要ないということですか?
必要です。最初の段階では、同じレシピを変えずに使い続けることが上達の条件になります。手放していただきたいのはレシピそのものではなく、「レシピ通りでなければならない」という縛りのほうです。
正解の味を、見て、食べて、持ち帰る。
恵比寿の八席で、現役シェフの実演と完成した味を同じ距離から確かめる1回完結の料理教室です。
