レストランのメニューに「豚肩肉のブレゼ」と書かれている。読み方は分かるけれど、では煮込みと何が違うのかと問われると、答えが出てこない。そう感じたことはないでしょうか。

ブレゼとは、フランス料理の加熱技法のひとつです。日本語では「蒸し煮」と訳されます。ただ、この三文字だけでは、隣にある煮込みとの境目までは見えてきません。

私は恵比寿で、一日ひと組・八席のレストランを営んでいます。厨房で技法の名前を使うのは、料理を分類するためではありません。この食材を、どの環境に置くかを決めるためです。

この記事では、ブレゼとは何かを、隣り合う技法との違いから解きほぐしていきます。読み終えたあと、メニューの一行が少し違って見えるはずです。

SUMMARY

結論:ブレゼとは、少量の液体とともに蓋をして、低温でゆっくり火を通すフランス料理の「蒸し煮」です。 食材が三分の一から半分ほど浸かる程度の液体で、鍋の中に閉じた環境をつくります。 煮込みより液体が少ないため、素材の水分と旨味が外へ逃げにくく、味が濃く残ります。 すね肉や肩肉のように硬い部位、根菜、白菜のように、時間をかけてほぐしたい食材に向く技法です。 家庭でも、厚手の鍋と蓋、そして120〜160℃のオーブンがあれば再現できます。

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低温で火を通す考え方は中心温度から考える火入れで、焼き付けの香りはメイラード反応で解説しています。

ブレゼとは、少量の液体で蓋をして火を通す「蒸し煮」

ブレゼとは、食材を少量の液体とともに鍋へ入れ、蓋をして、低温でゆっくり加熱する技法です。

要点は三つあります。液体が少ないこと。蓋をすること。沸騰させないこと。 この三つが揃ってはじめて、ブレゼと呼べる環境になります。

液体の量は、食材が三分の一から半分ほど浸かるくらい。下半分は煮汁の中にあり、上半分は蓋の下にこもった蒸気の中にあります。ひとつの鍋の中で、煮る加熱と蒸す加熱が同時に起きている。これがブレゼの構造です。「蒸し煮」という訳語は、この二重構造をよく言い表しています。

味が濃く残る理由も、ここにあります。加熱すれば、素材の旨味は水分とともに外へ出ていきます。その行き先が、たっぷりの液体なのか、わずかな煮汁なのか。液体が少なければ、旨味は薄く散らず、濃いまま留まります。

だから、ブレゼでは煮汁がそのままソースになります。捨てる液体をつくらない、という設計でもあります。

語源は「熾火」 ブレゼという言葉が指していたもの

肉とキノコを少量の液体でじっくり仕上げた一皿
液体を増やすのではなく、素材の水分と香りを鍋の中へ残します。

ブレゼ(braiser)という言葉は、フランス語の braise =熾火(おきび)から来ていると言われています。炎ではなく、炎が落ちたあとの、赤く静かに燃える炭のことです。

かつては、ブレジエール(braisière)と呼ばれる専用の鍋が使われていました。蓋の縁が立ち上がった形をしていて、その上に熾火を載せられる構造になっています。鍋の下に炭、蓋の上にも炭。食材は、上下から挟まれた穏やかな熱の中に置かれます。

この形が意味しているのは、ブレゼが最初から「包む加熱」だったということです。語源が示しているのは、温度そのものよりも、熱の当たり方でした。

現在、その役割を引き受けているのがオーブンです。庫内の空気が全方向から包むため、熱の当たりに偏りが出にくくなります。レシピに「蓋をしてオーブンへ」と書かれているのは、道具が変わっても、この構造を残しているからです。

煮込み、ポシェ、蒸しとの違いは、液体の量で決まる

ブレゼの位置は、隣の技法と並べると見えやすくなります。分けているのは、液体の量と、温度の高さです。

技法液体の量温度の目安時間の目安向く食材
ブレゼ(蒸し煮)食材の三分の一〜半分鍋の中80〜95℃/オーブン120〜160℃40分〜3時間硬い部位の肉、根菜、白菜
煮込み(ミジョテ)食材が完全に浸る95℃前後・小さな沸き1〜3時間角切りの肉、豆、シチュー
ポシェ完全に浸る65〜80℃・沸騰させない数分〜30分白身魚、鶏胸肉、果物
蒸す(ヴァプール)液体に触れない蒸気100℃前後数分〜30分野菜、魚、点心

ミジョテ(mijoter)は、日本語の煮込みにいちばん近い言葉です。食材が液体の中で泳ぎ、表面がふつふつと小さく揺れる火加減を保ちます。ブレゼとの違いは、旨味の行き先の大きさです。煮込みの味が「全体でひとつ」になり、ブレゼの味が「素材ごとに立つ」のは、この差から生まれます。

ポシェは、温度がさらに低く、時間の短い技法です。液体はたっぷり使いますが、沸騰させません。素材の輪郭をやわらかく保つためのもので、繊維をほぐすことは目的にありません。蒸すは、液体に触れさせない加熱です。素材の持っているものを外へ出さない代わりに、煮汁というソースの材料も生まれません。

こうして並べると、ブレゼの居場所がはっきりします。煮込みほど薄めず、蒸すよりも煮汁を得る。 その中間に、意図して置かれた技法です。

フレンチの加熱技法一覧 ソテー、ポワレ、ロティ、そしてブレゼ

ブレゼを地図の中に置いてみます。フランス料理の加熱技法は、名前が多いように見えて、乾いた熱か、湿った熱かでほぼ二分できます。

技法どんな加熱か温度の目安向く食材
ソテー(sauter)少量の油で、高温で手早く動かしながら焼く高温・短時間薄い肉、切り身、きのこ、野菜
ポワレ(poêler)フライパンで油脂をまといながら焼き、皮目を仕上げる中温〜高温魚、鶏、仔牛
ロティ(rôtir)オーブンや直火の乾いた熱で塊のまま焼く160〜220℃塊肉、鶏一羽、根菜
グリエ(griller)網や鉄板からの直接的な熱で焼き目をつける高温・短時間ステーキ、魚、野菜
ブレゼ(braiser)少量の液体と蓋、低温で長く120〜160℃硬い部位、根菜、白菜
ポシェ(pocher)たっぷりの液体で、沸騰させずに火を通す65〜80℃白身魚、鶏胸肉、果物
コンフィ(confire)油脂の中で低温を保ち続ける80〜90℃鴨もも、にんにく、野菜
フリール(frire)たっぷりの油で揚げる160〜180℃衣をまとったもの全般

上の四つが乾いた熱、下の四つが湿った熱(油も含みます)です。ブレゼだけが、乾いた熱で始めて、湿った熱で終えるという二段構えを持っています。表面を焼き付けてから液体を注ぐ、という手順は、この二つをつなぐためのものです。

ソテーとは、フランス語の「跳ねる(sauter)」から来た言葉です。鍋を振って食材を跳ねさせながら、短い時間で火を通します。ブレゼが内側を変える技法だとすれば、ソテーは表面で決着をつける技法です。

ポワレとは、もともとは鍋に蓋をして焼く仕立てを指す言葉でした。ブレゼの親戚のような技法です。ただ、現在の厨房でポワレと言えば、フライパンで油脂を回しかけながら、皮目を香ばしく焼き上げる仕立てを指すことがほとんどです。言葉の意味は、現場の道具とともに動いていきます。

ブレゼが向く食材 硬い部位、根菜、そして白菜

ブレゼは、すべての食材に向く技法ではありません。向き不向きが、はっきりと分かれます。

硬い部位の肉が、いちばんの適材です。すね、肩、ほほ、すじの多い部位。これらは筋を束ねる結合組織が多く、短い加熱では硬く縮みます。ところが低い温度で長く置くと、結合組織はゼラチンに変わり、繊維がほろりとほどけます。この変化には湿り気と時間の両方が要り、ブレゼはその二つを同時に与えられます。

根菜も相性のよい食材です。にんじん、かぶ、玉ねぎ、じゃがいも。水分が少なく、火の通りに時間がかかるものほど、蓋の下の環境が働きます。煮汁の量が少ないぶん、野菜自身の甘さが外へ流れ出しません。

白菜やアンディーブのような葉の重なった野菜は、フランス料理では古典的なブレゼの素材です。葉と葉のあいだに蒸気が入り込み、外側は煮汁を吸い、内側は蒸されます。

魚にも使えますが、扱いは別ものと考えてください。魚は肉と比べものにならないほど火の入りが早い食材です。切り身であれば、120〜140℃で10分から15分ほど。長く置くと、身がほぐれる前に締まってしまいます。

反対に向かないのは、ヒレのように結合組織の少ない部位や、薄く切った肉です。ほどける余地を持っていない食材を長く加熱しても、水分が抜けるだけで終わります。この技法が効くのは、時間をかけて変わる余地のある食材だけです。

家庭でブレゼを再現する 鍋、蓋、そして120〜160℃

ブレゼは、家庭の設備で再現しやすい技法です。要るのは、厚手の鍋と、きちんと閉まる蓋。この二つだけです。

手順は六つに分かれます。

1. 食材に塩を当て、しばらく置く

2. 鍋やフライパンで表面を焼き付ける(香ばしさをつくる工程)

3. 玉ねぎ、にんじん、セロリなどの香味野菜を鍋底に敷く

4. 白ワインと水、あるいはブイヨンを、食材が三分の一から半分浸かるまで注ぐ

5. 蓋をして、オーブンなら150℃前後、コンロなら弱火で加熱する

6. 食材を取り出し、煮汁だけを煮詰めてソースにする

食材別の目安を、表にまとめます。

食材オーブンの温度時間の目安
豚肩ロース(塊500g)150℃2時間〜2時間30分
牛すね肉(塊)150℃2時間30分〜3時間
鶏もも肉(骨付き)150℃40分〜50分
白菜・アンディーブ140〜150℃40分〜1時間
にんじん・かぶなどの根菜150℃40分〜1時間
白身魚(切り身)120〜140℃10分〜15分

この数字は、あくまで目安です。鍋の厚み、食材の大きさ、オーブンの癖によって変わります。頼りにするのは時計ではなく、金串がすっと入るかどうかという手ごたえのほうです。

オーブンがない場合は、コンロの弱火でも成立します。下からしか熱が当たらないぶん火が強く当たるので、香味野菜を鍋底に敷いて食材を持ち上げてください。蓋と鍋のあいだに紙を一枚挟むと、蒸気の抜け方を調整できます。

ブレゼが失敗する三つの原因

うまくいかないとき、原因はたいてい三つのどれかです。

ひとつめは、液体が多いこと。 気づかないうちに、ブレゼは煮込みへ変わっています。食材が液体に沈んだ時点で、旨味の行き先は広がり、味は薄く散ります。仕上がりがぼやけていると感じたときは、まず量を疑ってください。

ふたつめは、火が強いこと。 液体がぐらぐらと沸けば、対流が繊維を揺らし、身は締まり、形は崩れます。ゼラチンに変わるはずだった時間が、水分を追い出す時間に置き換わってしまいます。求める状態は、煮汁の表面がときおり静かに揺れる程度。オーブンで150℃前後を保つのは、この状態を人の手を離れても続けるためです。

みっつめは、蓋をしないこと。 蓋がなければ蒸気は逃げ、上半分は乾き、液体だけが減っていきます。ブレゼは、閉じた環境そのものが技法の中身です。蓋の合わない鍋しかない場合は、アルミホイルで一度覆ってから蓋をしてください。

この三つの奥には、ひとつの構造があります。加熱の失敗は、結局のところ火入れ不足か、火入れしすぎかの二方向にしかありません。大切なのは、その間のどこに着地させるかを、始める前に決めておくことです。ブレゼの場合、着地点は「繊維がほどけて、まだ形が残っている」一点にあります。

技法の名前が分かると、メニューが読める

私が技法の名前にこだわるのは、言葉を覚えることが目的だからではありません。名前が、その料理の過ごしてきた時間を教えてくれるからです。

ブレゼと書かれていれば、少なくとも数十分、長ければ数時間、その食材は蓋の下で静かに変わり続けてきたことになります。ポワレと書かれていれば、皮目に集中した数分間があったことになります。メニューの一行から、厨房の時間が読み取れる。技法の名前とは、そういう情報です。

私は普段、真空にして加熱する低温調理をあまり使いません。食材から出た水分が逃げきらず、水っぽく仕上がることが多いからです。水分を残すことと、水っぽくなることは違います。 ブレゼが面白いのは、この二つを分けている点にあります。出ていった水分は煮汁になり、煮汁は詰められてソースに変わり、皿の上でもう一度、素材のところへ戻ってくる。逃がしたものを、あとから編み直せる技法です。

ワインを合わせるなら、煮汁を詰めたソースは、肉汁から起こすジュ系のソースに近い性格を持ちます。私の設計では、ジュ系には赤ワインを合わせます。バターで繋いだブール系のソースであれば、樽のきいた白ワイン。ソースの油脂の質と、旨味の出どころで、グラスは決まります。

Na Team Labでは、恵比寿のラボで月替わりの料理教室を開いています。これまでは、家で再現しやすいイタリアンの会が多くありました。今後は、ソースと火入れを軸にしたフレンチの会を増やしていく予定です。8名限定・2時間のデモ形式で、1回完結。入会金はなく、料金は6,000円〜です。

一日ひと組・八席のレストランでは、その日の素材に合わせて、私が一夜のコースを設計しています。ブレゼの一皿が入る夜もあります。技法の名前を知ったあとで召し上がると、皿の見え方は少し変わるはずです。

まとめ

  • ブレゼとは、少量の液体とともに蓋をして、低温でゆっくり火を通す「蒸し煮」の技法です。煮る加熱と蒸す加熱が、ひとつの鍋の中で同時に起きています
  • 煮込みとの違いは液体の量にあります。旨味の行き先が小さいぶん、素材の味が濃いまま残ります
  • 語源は熾火。もともとは蓋の上にも炭を置き、上下から包む加熱でした。その役割を、いまはオーブンが引き受けています
  • 向くのは、すねや肩などの硬い部位、根菜、白菜のように時間をかけて変わる余地のある食材です
  • 失敗の原因は、液体が多い・火が強い・蓋をしないの三つ。着地点は「繊維がほどけて、まだ形が残っている」一点です

よくある質問

オーブンがない場合、ブレゼはできますか?

できます。厚手の鍋ときちんと閉まる蓋があれば、コンロの弱火でも同じ環境をつくれます。下からしか熱が当たらないため、鍋底に香味野菜を敷いて食材を持ち上げ、ときどき鍋の向きを変えて当たりを分散させてください。

ブレゼと圧力鍋の違いは何ですか?

圧力鍋は加圧して沸点を上げ、短い時間で繊維をほぐす道具です。ブレゼは沸騰させない温度帯で、時間をかけて同じ変化を起こします。仕上がりの速さでは圧力鍋が勝りますが、形が崩れにくく、香りが澄んだまま残るのはブレゼのほうです。

ブレゼの煮汁は、どうすればよいですか?

煮汁こそがブレゼの成果です。食材を取り出し、煮汁だけを煮詰めてソースにしてください。とろみが足りなければ、火を止めてからバターを少量落として繋ぎます。捨ててしまうのが、いちばんもったいない選択です。

Na Team Lab オーナーシェフ 川原壯太
ABOUT NA TEAM LAB Na Team Lab|株式会社Na Team

東京・恵比寿を拠点に、出張料理・店舗貸切・料理教室・ワイン会を展開。料理、ワイン、空間、その日の時間までを設計し、食を通して心に残る体験をつくっています。

執筆:(オーナーシェフ)。年間200件を超える出張料理・会食の経験をもとに、現場の視点をお伝えします。

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蓋を開ける前の変化を、鍋のそばで。

液体量、温度、時間をどう決めるかを、実演と完成した味から学べます。

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