鉄板焼きのカウンターや、テレビの料理番組。鍋から炎が上がる瞬間に、思わず目を奪われた経験があるかもしれません。かっこいい工程だと感じる一方で、あれが何のための作業なのかを説明できる方は多くありません。
レシピに「ブランデーでフランベする」と書かれていても、怖いので飛ばしてしまう。そもそも必要なのかどうかが分からない。フランベとは何かという問いは、たいていそこで止まっています。
私は恵比寿で、一日ひと組・八席のレストランを営んでいます。料理人にとってのフランベは、見せ場を作る工程ではありません。もっと地味で、もっと実務的な理由があります。この記事では、その理由と、家庭で安全に扱うための手順をお話しします。
結論:フランベとは、調理中の料理に酒を加えて火をつけ、アルコールだけを素早く飛ばす技法です。 目的は演出ではありません。酒を加えたあとに煮詰めてアルコールを飛ばそうとすると、水分も一緒に失われます。フランベなら短い時間で済むため、酒の水分を残したまま、アルコール感だけを消すことができます。 火がつくのは、温まった酒から立ちのぼるアルコールの蒸気に引火するからです。燃えているのは液体ではなく、鍋の上の蒸気です。だから炎は数秒で消えます。 この記事では、フランベの本当の目的と、火が出る仕組み、家庭で安全にやる手順、そして「やらなくていい場合」までをお伝えします。
火入れの判断は中心温度で考える火入れで、焼き色と香りの関係はメイラード反応で詳しく解説しています。
フランベとは、アルコールだけを素早く飛ばす技法
フランベとは、調理中の料理に酒を加えて火をつけ、アルコールだけを素早く飛ばす技法です。フランス語の flamber(フランベ)は「炎を上げる」という意味の言葉で、日本の厨房でもそのまま使われています。
大切なのは、炎そのものが目的ではないということです。
酒を料理に加えると、香りと一緒にアルコールが入ります。このアルコールが残ったままだと、刺すような酒気が皿に残ります。だから飛ばす必要がある。ここまでは、多くの記事に書かれている通りです。
ただ、飛ばす方法はひとつではありません。加熱を続けていれば、アルコールは時間とともに抜けていきます。それでもわざわざ火をつけるのは、短い時間で決着をつけたいからです。
なぜ短時間で終わらせたいのか。この記事の中心は、そこにあります。
なぜ、火がつくのか

先に、火が出る仕組みを整理します。ここを理解しておくと、このあとの安全の話がすべてつながります。
燃えているのは、鍋の中の液体そのものではありません。燃えているのは、酒から立ちのぼったアルコールの蒸気です。
アルコールは水より蒸発しやすい性質を持っています。温まったフライパンに酒を注ぐと、液面のすぐ上にアルコールの蒸気が広がります。そこにコンロの炎が触れると、蒸気に引火します。青みがかった炎が液面を這うように広がるのは、このためです。
炎が数秒で消えるのも、同じ理由です。燃えられる蒸気がなくなれば、火は自然に落ちます。鍋の中身が燃え尽きてしまうことはありません。フランベの炎には、はじめから終わりが用意されています。
そしてもうひとつ。蒸気の濃さが足りなければ、そもそも火はつきません。度数の低い酒でいくら試しても炎が上がらないのは、腕の問題ではなく、燃えるだけの蒸気が出ていないからです。この話は、あとで酒の種類のところに戻ってきます。
水分は残し、アルコールだけを抜く
ここからが本題です。
料理人がフランベを使う理由を、私はこう考えています。水分量を残したまま、アルコール感だけを消せるからです。
酒を加えたあと、そのまま加熱を続けてアルコールを飛ばすこともできます。ただしその場合、時間をかけた分だけ水分も一緒に減っていきます。ソースであれば、量が減り、濃度が変わります。狙っていた仕上がりから、少しずつずれていきます。
フランベなら、この工程が数秒で終わります。アルコールは燃えて抜け、酒がもたらした水分は鍋に残る。減らしたくないものを減らさずに、抜きたいものだけを抜く。 これが、料理人にとってのフランベです。
私はソースを作るときにも、フランベで対応することがあります。量を保ったまま酒気だけを落とせるので、そのあとの調整がしやすくなります。
味の変化も、この水分量を通じて現れます。香りが足し算されるというより、液体の量が変われば、皿全体の味が変わるという関係です。ソースの濃度は、そのまま料理の輪郭になります。
鉄板焼きのフランベは、少し役割が違う
とはいえ、多くの方が思い浮かべる炎は、鉄板焼きのカウンターで上がるあの炎だと思います。
あちらは、少し役割が違います。鉄板焼きでのフランベは、演出と香りづけの要素で使われることが多いものです。目の前で炎が上がることそのものが、食事の時間の一部になっています。
これは悪いことではありません。料理は味だけで成立しているわけではないからです。ただ、フレンチの厨房で同じ工程を行うとき、私たちが見ているのは炎の大きさではなく、鍋に残る液体のほうです。同じ技法でも、力点が違います。
どの酒なら、火がつくのか
火がつくかどうかは、酒の度数でほぼ決まります。目安を整理します。
| 酒 | 度数の目安 | 火がつくか | 扱い方 |
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| ブランデー | 40度前後 | つく | 肉・果物のデザートに使われる定番 |
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| ラム | 40度前後 | つく | 甘い香りが残るため、菓子との相性がよい |
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| マルサラ・シェリー | 15〜20度 | つきにくい | 火をつけず、加熱して飛ばす |
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| 白ワイン | 12度前後 | つかない | 加えたあと、そのまま煮て飛ばす |
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| 日本酒 | 15度前後 | つかない | 加えたあと、そのまま煮て飛ばす |
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火をつけたいのであれば、40度前後の蒸留酒を選ぶことになります。ワインや日本酒で炎が上がらないのは、燃えるだけの蒸気が出ていないからです。
ここで誤解しやすいのは、火がつかない酒は使えない酒ではないということです。ワインも日本酒も、加熱すればアルコールは抜けていきます。フランベという選択肢がないだけで、料理としては何も困りません。
一方で、度数が高すぎる酒にも注意が必要です。炎が大きくなりすぎるため、家庭では度数の高い銘柄を選ばないほうが安全です。
家庭でやるなら、小さなフライパンから
家庭でフランベをするときに、いちばん怖いのは炎が思ったより大きくなることだと思います。
その原因として考えられるのは、フライパンの面積が大きすぎることです。面が広いほど酒が薄く広がり、蒸気の立つ範囲も広くなります。結果として、炎も大きく育ちます。
ですから、最初は小さなフライパンで小さな火をおこすところから始めてみてください。小さく試せる状態を作ることが、家庭でのフランベでは何より優先されます。
そして、火をつける前にやるべきことがあります。周りに燃えるものがない状態を作ることです。炎が思ったより大きくなってしまったときでも問題がない状態にしてから、火をつける。順序が逆になると、対応する余裕がなくなります。
手順にすると、次のようになります。
1. コンロの周りを片づける(キッチンペーパー、袋、布巾、レシピの紙などを離す)
2. 換気扇を回す
3. 使う酒を、小さな容器に量っておく
4. 鍋をいったん火から外し、量った酒を加える
5. 鍋を火に戻し、炎が上がったら、消えるまで待つ
| やること | やってはいけないこと |
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| 小さなフライパンで、少量から試す | 大きなフライパンにたっぷり注ぐ |
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| 火をつける前に、周囲を片づける | 燃えやすいものを置いたまま火をつける |
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| 換気扇を回す | 顔を鍋の真上に持っていく |
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| 酒は別の容器に量ってから加える | 瓶から鍋へ直接注ぐ |
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| 鍋の蓋を手元に用意しておく | 炎に水をかける |
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酒を瓶から直接注がないのは、炎が瓶の口に伝わる危険があるためです。ここは省略しないでください。また、髪や袖が鍋の上にかからないよう、まとめておくと安心です。
炎が消えない、あるいは広がってしまったときは、無理に消そうとせず、その場から離れて消防に連絡してください。判断に迷ったら、消すことより離れることを優先してください。
フランベしなくていい場合もある
ここまで読んで、意外に思われるかもしれませんが、フランベが必要ない場面のほうが多いというのが正直なところです。
煮込み料理がその代表です。赤ワインで長時間煮込むような料理では、加熱している間にアルコールは抜けていきます。時間が解決してくれるので、わざわざ火をつける理由がありません。
フランベが意味を持つのは、短い時間で仕上げる料理です。ソテーの仕上げや、その場でまとめるソース。加熱を延長したくない場面でこそ、数秒で決着をつけられることが効いてきます。
「フランベに意味はあるのか」という問いに答えるなら、こうなります。意味があるのは、時間をかけられない料理のときだけです。
やらない判断ができるようになると、料理は一段落ち着きます。工程を増やすことより、必要のない工程を外せることのほうが、仕上がりに効くことがあります。
タルトフランベは、まったく別の料理
「フランベ」を調べていると、タルトフランベという料理名に行き当たることがあります。こちらは、火をつける料理ではありません。
タルトフランベとは、フランス・アルザス地方の薄焼きの料理です。薄く伸ばした生地に、フロマージュブランなどの乳製品と玉ねぎ、ベーコンをのせて、高温の窯で短時間で焼き上げます。見た目は薄いピザに近く、現地では前菜のように取り分けて食べられています。
名前の由来は、炎の立つ窯で焼くことにあります。アルザス語ではフラムクーヘン、直訳すれば「炎のケーキ」です。パンを焼く窯の温度を見るために、余った生地を薄く伸ばして焼いたのが始まりとされています。
つまり、名前に共通しているのは「炎」だけです。調理中の料理に酒を加えて火をつけるフランベとは、別のものだと考えてください。
火の入り方は、目で見るほうが早い
フランベに限らず、火にまつわる工程は、文章で読むより一度見るほうが早く身につきます。
炎がどのくらいの高さで上がるのか。何秒で消えるのか。そのあとフライパンの中がどう変わっているのか。この一連を目で見た経験があるかどうかで、次に自分の台所に立ったときの落ち着きがまるで違います。
恵比寿のNa Team Labでは、八席のレストランをそのまま教室として使い、料理教室を開いています。私が実演し、参加者の皆さまには見て、味わっていただく形式です。火の入り方や、味が変わる瞬間をその場でお見せできるのは、この形だからできることだと思っています。
- 1回 6,000円(材料費を含む)
- 入会金なし・回数の縛りなし
- 8名限定・2時間
- 場所:恵比寿 Na Team Lab
なお、教室で使う火器は家庭と同じIHです。ご家庭でそのまま再現できる条件で進めています。
まとめ
- フランベとは、料理に酒を加えて火をつけ、アルコールだけを素早く飛ばす技法です。炎は目的ではなく、結果です
- 燃えているのは液体ではなく、酒から立ちのぼったアルコールの蒸気です。だから炎は数秒で消えます
- 料理人が使う理由は、水分量を残したまま、アルコール感だけを消せることにあります。煮詰めて飛ばすと、水分も一緒に失われます
- 鉄板焼きでのフランベは、演出と香りづけの要素で使われることが多く、フレンチの厨房とは力点が違います
- 家庭でやるなら、小さなフライパンで、周囲を片づけてから。煮込み料理のように時間をかけられる場面では、フランベは要りません
よくある質問
IHのコンロでもフランベはできますか?
できません。フランベは鍋の上に立ちのぼった蒸気にコンロの炎が触れて着火するため、炎の出ないIHでは火がつかないからです。ライターなどで着火させる方法はおすすめしません。お酒を加えたあと、少し長めに加熱して飛ばしてください。
フランベすればアルコールは完全に飛びますか?
完全にゼロにはなりません。炎が消えたあとも、料理にはアルコールがいくらか残ります。お酒に弱い方や、お子さん、妊娠中の方が召し上がる料理では、火をつけずに加熱時間を長めにとって飛ばす方法を選んでください。
子どもがいる家庭でもやって大丈夫ですか?
お子さんやペットがキッチンにいる間は避けてください。フランベは一瞬で炎が立ちのぼる工程で、驚いて手が動くことがいちばん危険です。作る人以外がコンロから離れている状態を確かめてから、火をつけてください。
画面では伝わらない、火加減を隣で。
恵比寿の少人数クラスで、炎の大きさではなく、香りと水分の変化を見ながら料理を学べます。
