「メーカーズディナー」という言葉を、ワインの告知やレストランの案内で見かけたことがあるかもしれません。造り手が来る会らしい、ということは分かる。けれど、いつものワイン会と何がどう違うのかまでは、案内文からは読み取りにくいと思います。
私たちは恵比寿で一日ひと組のレストランを営みながら、この1年で8件ほどのメーカーズディナーを開いてきました。会場を借りてイベントとして開いた回もあれば、店の八席で静かに開いた回もあります。
そのなかで見えてきたのは、この会が「料理人が、いつもと逆の立ち位置に立つ夜」だということでした。
結論:メーカーズディナーとは、ワインや日本酒の造り手を招き、その銘柄に合わせて料理人がコースを組む食事会です。 通常のペアリングコースが「料理を主役に、ワインを伴走させる」設計であるのに対して、この会では主客が入れ替わります。ワインが主役で、料理は脇役に回ります。 造り手の意図を皿に翻訳することが、この会の目的です。参加者は造り手から直接、その一本が生まれた背景を聞きながら卓を囲みます。 この記事では、私たちがこの1年で8件ほど開いてきた経験から、定義、通常の会との違い、開催までの流れ、費用の目安までをお伝えします。
一般的な会の流れはワイン会とは何をする場かで、料理側からの組み立てはペアリングの方法で紹介しています。
メーカーズディナーとは、造り手を招いて組む食事会です
メーカーズディナーとは、ワインや日本酒の造り手を招き、その銘柄に合わせて料理人がコースを設計する食事会です。「メーカー」は生産者、つまり造り手を指します。
招くのは、ワイナリーの当主や醸造の責任者、酒蔵の蔵元など、実際にその一本を造っている人です。輸入元の担当の方が同席されることもあります。いずれにしても、卓のどこかに「その液体を造った本人」がいる。それがこの会の最低条件です。
私たちがこれまでお迎えしてきたのは、フランス、スペイン、ドイツの造り手と、日本では千葉の酒蔵、山梨・長野・北海道のワイナリーの方々でした。ワイン専門のメディアに取材いただいた回もあります。
そして料理人の仕事は、その造り手が持ってきた液体を、皿の側から言葉にすることです。造り手は言葉と液体で語り、料理人は皿で語る。同じ一本について、二つの方法で語る夜だと考えています。
開き方には、大きく二つの形があります。ひとつは、会場を借りて開くイベント形式です。造り手を囲んで、ある程度の人数で卓を囲みます。もうひとつは、レストランの営業の枠で開く形です。私たちの場合は、恵比寿の店を一夜貸し切って、少人数でお迎えします。
どちらの形でも、成立の条件は同じです。造り手が同じ空間にいること。そして、その造り手の一本に向けて、その日の料理が組まれていること。この二つが揃ってはじめて、この呼び方が成立すると考えています。逆に言えば、造り手が来ているだけで、料理がいつものコースのままであれば、それは造り手を招いた食事会ではあっても、この会の設計にはなっていません。
通常のワイン会やペアリングコースとの違い

違いは、主役が誰かという一点に集約されます。
| 項目 | 通常のペアリングコース | メーカーズディナー |
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| 主役 | 料理 | ワイン(そして造り手) |
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| ワインの選び方 | 決まった料理に合う一本を探す | 出す一本が先に決まっている |
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| 料理の決め方 | 季節と素材から組む | ワインの主張から逆算して組む |
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| 参加者が得るもの | 料理とワインが響き合う体験 | 体験に加えて、造り手本人の言葉 |
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通常のコースでは、まず料理があります。今日の魚が何か、季節の野菜に何が入ったか。そこから決まった皿に対して、寄り添う一本、あるいはあえて対比させる一本を探します。料理が問いを立て、ワインが答える構造です。
この会では、順序が反転します。出す一本は、造り手が来ると決まった時点で、すでに決まっています。料理人はその液体に対して、あとから皿を差し出す立場になります。
もうひとつの違いは、卓に「答え合わせができる人」がいることです。通常のワイン会では、この畑はこういう土壌らしい、この年は暑かったらしい、という伝聞で話が進みます。造り手がいる夜は、その場で確かめられます。会の性格そのものが変わります。
もう少し踏み込むと、卓に流れる情報の質が変わります。ワインについて語られる言葉の多くは、誰かが誰かから聞いた話の積み重ねです。輸入元の資料、書籍、雑誌の記事。それぞれ正確に書かれていても、造り手の判断そのものではありません。
造り手が同席する夜は、その判断を本人から聞けます。なぜその年だけ収穫を遅らせたのか。なぜその樽を選んだのか。答えが返ってくるまでの間や、言い淀む一瞬にも、情報があります。資料からは受け取れないものです。
ワインが主役で、料理が脇役に回る
ここが、メーカーズディナーで私がもっとも意識している点です。
普段のコースでは、料理が前に出てよいと考えています。素材の輪郭を立ち上げ、火入れの一点を探り、皿として完成させる。ワインはそこに伴走します。
けれどこの会では、力関係を意図的に逆にします。私はワインの主張に合わせて、食材のチョイスも、調理工程のチョイスも決めていきます。火入れをどこで止めるか、油脂をどれだけ使うか、ソースに酸を足すか引くか。判断の基準は、その皿が単体で美味しいかどうかではなく、その一本が立ち上がるかどうかです。
具体的に何を見ているのかも書いておきます。ひとつは、酸の位置です。ワインの酸が高ければ、料理の側で酸を足す必要はありません。むしろ油脂や旨味を置いて、その酸を受け止める側に回します。反対に、酸のおだやかな一本であれば、料理に少しだけ酸を差して、全体の輪郭を保ちます。
もうひとつは、余韻の長さです。長い余韻を持つ一本に、後を引く濃い料理を合わせると、二つが重なって出口が見えなくなります。そういうときは、料理の側の余韻を短く切り上げます。皿を置いたあとに残るのが、ワインの余韻だけになるように。
同調させるか、対比させるか。私たちが9つの原則として整理している考え方は、ここでも同じように働きます。違うのは、どちらの側を基準に置くかという一点だけです。
最初にこの会を引き受けたとき、私は普段どおりに、良い皿を作ろうとしていました。けれど途中で気づいたのは、料理が強いと、造り手の話が入ってこなくなるということでした。皿が主張すると、参加者の意識は皿に向かいます。その夜の主役は、卓の端に座っている造り手のほうです。
料理を弱くするという意味ではありません。輪郭を残したまま、半歩下がる。脇役に回るというのは、私にとって手を抜くことではなく、むしろ設計の難度が上がる仕事です。
造り手の土地に寄せて、献立を組む
ワインの主張から逆算する。もうひとつ、私がよく使う軸があります。造り手の土地に寄せることです。
ワインも日本酒も、その土地の気候と土から生まれます。であれば、同じ土地で食べられてきた食材や調理法に、すでに答えが用意されていることが多いのです。郷土料理は、何百年もかけて続けられた壮大なペアリングの実験結果だと考えています。
この発想の背景にあるのは、テロワールという考え方です。土壌、気候、水。ぶどうが育った条件は、そのままグラスの中に現れます。同じ条件の下で人が食べ続けてきたものは、その液体と衝突しにくい。経験則ではありますが、大きく外れることはあまりありません。
ドイツの造り手をお迎えした回では、シュークルートを組みました。キャベツを塩と乳酸で発酵させ、豚肉と煮込む、ドイツからアルザスにかけての郷土料理です。酸と塩気を持った付け合わせは、その土地の白の酸と自然に響き合います。
山梨のワイナリーをお迎えした回では、山梨の豚肉と、あゆを使いました。県産の豚と、川を上る魚。ワインが育った風景と、皿に乗る素材の産地が重なります。
日本酒の場合も、考え方は変わりません。千葉の酒蔵をお迎えした回でも、その土地の水と米から生まれた一本に対して、同じ土地から出発して献立を組みました。私たちはフレンチとイタリアンを基軸にしていますので、和食の文脈とは違う接点を探すことになります。土地から出発しながら、技法は自分たちのものを使う。この二本立てが、私たちのやり方です。
土地に寄せることの効果は、味の相性だけではありません。造り手が自分の土地の食材を目の前にしたとき、話の熱量が変わります。故郷の味が卓に出てくれば、語られることも変わる。参加される方にとっては、その夜の地図が一枚配られるようなものです。
メーカーズディナー開催までの流れ
準備は、だいたい1ヶ月前から動き始めます。
| 時期 | 動くこと |
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| 約1ヶ月前 | 造り手の来訪日程が見え、会の話が始まる。会場、日取り、人数を決める |
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| 3〜2週間前 | 出す銘柄が確定する。産地、造り、その年の背景を受け取る |
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| 2週間前〜前日 | 銘柄から逆算して献立を組む。土地に寄せた食材を手配する |
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| 当日 | 冒頭に造り手のご挨拶。以降は皿が出るごとに、その一本の説明が入る |
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1ヶ月という準備期間は、余裕があるようで、そう長くはありません。造り手の来訪日程は、たいてい他の予定と一緒に組まれています。国内を回る途中の一日を、こちらに向けていただく形になることも多い。会場を押さえ、参加される方にご案内し、銘柄を受け取って献立を組む。この工程を1ヶ月で通します。
会場の形によって、決めることも変わります。イベント形式であれば、人数と席の配置、造り手が話す位置を先に決めます。店で開くのであれば、その日は通常営業を止めて、一組だけをお迎えします。どちらにしても、造り手の声が全員に届く距離であることを、最初に確認します。
当日の進行について、補足しておきます。造り手のお話を冒頭にまとめて置く形も考えられますが、私たちは分けています。最初にご挨拶をいただき、そのあとはコースが進むなかで、皿とグラスが出るたびに、その一本の話をしていただく形です。
理由は単純で、飲む前に聞いた話は、覚えていられないからです。目の前にグラスがあり、口に含んだ直後に「この酸は、この畑の標高から来ています」と聞くと、話が身体のほうに残ります。知識としてではなく、感覚と結びついた記憶として残る。話を挟む位置は、それだけで体験の質を変えます。
事前試飲をしなくても、コースは組めます
よくいただくのが、事前に飲んでから献立を組むのか、という質問です。私たちの場合、事前試飲はしないケースのほうが多くなっています。
理由のひとつは、日程です。造り手の来訪は、こちらの都合では動きません。同じ銘柄を前もって取り寄せて飲めるとは限らない。
もうひとつは、その必要が薄いことです。私たちの店では日常的に、お客様が持ち込まれたワインに合わせてコースを組んでいます。リストを当日に伺う形でも、調味料やソースで料理の側を寄せて、その一本を引き立てることができます。この即応の訓練が、そのままこの会で効いています。
当日にリストを受け取る場合、私が最初に見るのは、品種と産地と年、そして造りの方向です。そこから、その一本がどのあたりに着地するかを組み立てます。実際に口に含んだあとで、ソースの酸を一段落とす、塩を半歩手前で止める、といった調整を入れます。この調整が効くように、献立にはあらかじめ幅を持たせて組んでおきます。
もちろん、造り手のご厚意で事前に試飲させていただけることもあります。飲めるのであれば、ありがたい。ただ、必須の条件ではありません。
造り手に何を聞くと面白いか
参加される側の楽しみ方も書いておきます。造り手が目の前にいる夜は、そう多くありません。私からのおすすめは、Webに載っていない話を聞くことです。
輸入元のサイトや裏ラベルには、品種、産地、樹齢、醸造法が整理されて載っています。それは会の前に読めます。造り手にしか答えられないのは、その情報の手前にある「なぜ」のほうです。
たとえば、ブレンド比率。この品種を何割、あの品種を何割、という数字はどこにでも書いてあります。けれど、なぜその比率にしたのか。前の年から変えたのか。変えたなら、何を見て変えたのか。ここから先は、造った本人の判断の話になります。
たとえば、酵母。ある回では、酵母を変えるだけで味わいがどれだけ変わるかを、造り手が実際に飲み比べさせてくださったことがありました。同じ畑、同じ年、違うのは酵母だけ。それでも、グラスの中の表情が変わります。あの体験は、どれだけ資料を読んでも代わりになりません。
もうひとつ、聞いてみるとよいのは、その年のことです。ワインも日本酒も、毎年同じようには造れません。天候が違えば、判断も変わります。その年に何が起きて、どう対応したのか。造り手にとっては当たり前の話が、聞く側にはいちばん面白く響きます。
反対に、答えにくい問いもあります。点数や評価の話、ほかの造り手との比較。こうした問いは造り手の側が答えづらく、場も硬くなります。聞きたいのは、評価ではなく判断のほうです。
質問の仕方に、作法はいりません。「この比率は、どうやって決めたんですか」で十分に届きます。造り手は、自分の判断について聞かれることを、たいてい喜ばれます。
貸切で開く、小さなメーカーズディナー
この会は、大きな会場で開くものだけではありません。
私たちの店は、恵比寿で一日ひと組、八席のプライベートレストランです。六名から八名で卓を囲み、そこに造り手がひとり加わる。この規模のほうが、質問と答えの往復が増えて、話は深くなります。
少人数で開くことには、造り手の側にとっても意味があります。大きな会場では、どうしても話が一方向になりがちです。六名から八名であれば、ひとりひとりの反応が見える。その一本がどう受け取られたのかが、造り手のほうにも返っていきます。
一般の方にご参加いただける回もあります。造り手の予定が決まった段階で、公式LINEやSNSでご案内しています。
「自分たちの会に造り手を招きたい」というご相談も承っています。造り手のご予定が合えば、通常の貸切に、その方の同席とその銘柄を組み合わせる形で組み立てます。日程の調整にお時間をいただきますので、ご希望の時期が見えた段階でご相談いただけると動きやすくなります。
費用については、イベント形式の場合、参加費がお一人2万円から3万円の価格帯になることが多くなっています。貸切で造り手を招く場合は、通常の貸切料金に、ワイン代を加えた額が目安です。内容によって変わりますので、臨機応変にお受けしています。一度ご相談ください。
Na Team Lab のメーカーズディナーの開催案内や、貸切でのご相談は、公式LINEにて承っております。
まとめ
- メーカーズディナーとは、ワインや日本酒の造り手を招き、その銘柄に合わせて料理人がコースを組む食事会です
- 通常のペアリングコースとは主客が逆で、ワインが主役、料理は脇役に回ります
- ワインの主張から、食材と調理工程を逆算します。造り手の土地の食材や郷土料理に寄せることも多くあります
- 準備は約1ヶ月前から。事前試飲はしないことも多く、当日は皿が出るごとに造り手の説明が入ります
- 造り手には、Webに載っていない「なぜ」を聞くと面白い。ブレンド比率の理由、酵母を変えたときの変化など
グラスの中身について、造った本人が語れる夜は、そう多くありません。その一本の輪郭が、いちばんはっきりと立ち上がる時間です。
よくある質問
メーカーズディナーには一般の方も参加できますか?
ご参加いただけます。造り手の来訪の予定が決まった段階で、公式LINEやSNSでご案内しています。会場を借りてイベント形式で開く回もあれば、恵比寿の店で少人数で開く回もあります。回によって規模が変わりますので、告知をご覧いただければと思います。
自分たちの貸切に造り手を招くことはできますか?
造り手のご予定が合えば承っております。通常の貸切に、造り手の同席とその銘柄を組み合わせる形です。日程の調整にお時間をいただきますので、ご希望の時期が決まった段階でご相談いただけると動きやすくなります。
メーカーズディナーの費用はどのくらいですか?
イベント形式の場合、参加費はお一人2万円から3万円の価格帯になることが多くなっています。貸切で造り手を招く場合は、通常の貸切料金にワイン代を加えた額が目安です。内容によって変わりますので、まずはご相談ください。
造り手の背景まで味わう夜へ。
Na Team Labでは、国内外の生産者を迎え、ワインや日本酒を主役にした少人数の食事会を企画しています。
