ペアリングの理論は、世の中にたくさんあります。同調、対比、重さを揃える。原則はどれも正しく、そして知っておく価値があります。
けれど現場で本当に困るのは、そこではありません。目の前に一本のワインがあって、さて何から手を付けるか。困るのはいつも、その最初の一歩です。
この記事でお話しするのは、原則ではなく手順です。初めて飲むワインでも、毎回同じ道を通るだけで皿が決まる。私が出張料理の現場で実際に使っている、その道順そのものを公開します。ペアリングの定義や3つの型から確認したい方は、ワインペアリングとはを先にご覧ください。
結論:香りで合わせるワインペアリングは、4つの工程で組み立てられます。 ①ワインの香りを主要な3つに絞る、②それぞれをアロマ食材に置き換える、③各食材から相性の連想を広げる、④複数の連想に共通して現れた食材を皿の主役に据える。 ワインの名前や品種を言い当てる必要はありません。ソムリエの利き当てと、ペアリングの組み立ては、別の技術です。 この記事では、シャブリから牡蠣にたどり着くまでの思考を、工程ごとに公開します。
香りで合わせるペアリングは、4つの工程でできている
ワインペアリングの組み立て方は、4つの工程でできています。①ワインの香りを主要な3つに絞る、②それぞれをアロマ食材(香りに対応する実在の食材)に置き換える、③各食材から相性の連想を広げる、④複数の連想に共通して現れた食材を皿の主役に据える。この4つを順に通るだけで、料理は決まります。
読んでいただくと分かる通り、この手順のどこにも「ワインの名前を当てる」という工程がありません。品種も、造り手も、ヴィンテージも、出てきません。必要なのは、グラスから立ち上がる香りを、3つだけ言葉にすることです。
ソムリエの利き当てと、ペアリングは別の技術
ここは誤解されやすいところなので、はっきり書いておきます。
ソムリエの利き当てと、ペアリングの組み立ては、別の技術です。
名前が分からなくても、香りが3つ取れれば皿は組めます。逆に、品種名を正確に言い当てられても、香りを取っていなければ組めません。ブラインドで銘柄を当てる訓練と、一皿を設計する訓練は、鍛えている筋肉が違うのです。
「ワインに詳しくないから、ペアリングは難しい」と感じている方は多いと思います。ですが、詳しさが要求されているわけではありません。要求されているのは、香りを言葉にする、という一点だけです。しかもその言葉は、専門的である必要すらありません。レモンっぽい、海っぽい、りんごっぽい。日常の語彙で十分に機能します。
シャブリから牡蠣にたどり着くまで

手順は、実際に通してみないと伝わりません。シャブリを例に、4つの工程をそのまま歩いてみます。
香りを3つに絞る
グラスに鼻を近づけて、立ち上がってくるものを拾います。シャブリなら、こうなります。
- レモン
- 潮・ヨード
- 青りんご
大事なのは、3つに絞ることです。細かく取ろうとすれば、10でも15でも出てきます。ですが数が増えるほど、次の工程で連想が発散し、皿が決まらなくなります。もっとも強く立ち上がってきた3つ。それだけを持って先へ進みます。
アロマ食材に置き換える
次に、取った香りを実在する食材に置き換えます。香りのままでは料理にできないので、扱える形にする工程です。
- レモン → レモン
- 潮・ヨード → 海苔
- 青りんご → 青りんご
レモンと青りんごは、そのまま食材として存在します。置き換えが必要なのは「潮・ヨード」です。これは抽象的な香りの表現なので、その香りを持つ実在の食材へ翻訳します。日本の食卓なら、海苔がもっとも近い。ここで「磯の香り」と言葉を止めてしまうと先に進めませんが、「海苔」まで下ろすと、途端に料理側の手が動き始めます。
連想を広げ、共通項を取る
3つのアロマ食材が揃ったら、それぞれから「相性のいいもの」を連想で広げます。
- レモン → 牡蠣、貝、白身魚
- 海苔 → 牡蠣、貝、きゅうり
- 青りんご → セロリ、豚
ここまで来ると、答えはもう表に出ています。牡蠣です。レモンからも、海苔からも、同じ食材が出てきました。この重なりが、皿の主役を決めます。
出来上がった皿は、こうなりました。
生牡蠣、海苔とレモンのジュレ、青りんごのすりおろし。
牡蠣が主役、海苔とレモンがジュレとして寄り添い、共通項に現れなかった青りんごは脇役として残ります。青りんごは、酸と甘みを足して口の中をリセットする役です。三つの香りが、それぞれ役割を持って皿の上に並びました。
なぜ、塩を足さないのか
この皿には、ひとつ大事な操作が入っています。塩を足さないことです。
牡蠣自身が持っている塩気だけに留める。ジュレにも、仕上げにも、塩は加えません。理由は、料理の味わいの総量を、ワインより一段下に収めるためです。
塩をひと粒足せば、料理の輪郭は確かに強くなります。単体で食べるなら、そのほうが美味しいかもしれません。ですが、その一粒でシャブリは押し負けます。ペアリングにおいては、料理が主張しすぎない位置に留まることが、そのままワインを立ち上がらせる操作になるのです。
引き算に見えるこの判断が、実は設計の中心にあります。
香りで繋ぎ、強度で一歩引く
ここまでの話は、二つの系統に分かれています。
ひとつは香りの系統。レモン、海苔、青りんごという連想の線です。もうひとつは強度の系統。塩を足さない、という判断の線です。
香りで繋ぎ、強度で一歩引く。ペアリングは、この2つが揃って初めて成立します。
片方だけでは、こうなります。
- 香りは合っているのに、強度がずれている → 料理がワインに負けるか、ワインを潰してしまう
- 強度は合っているのに、香りが繋がっていない → 「ただ隣にあるだけ」の関係になる
「悪くはないけれど、特に何も起きなかった」という組み合わせは、たいていこの後者です。重さは揃っている。でも、グラスと皿が同じ方向を向いていない。だから何も鳴らないのです。
重さの揃え方そのものは、料理とワインの重さの合わせ方で詳しく扱っています。この記事では、重さが揃ったうえで、香りをどう繋ぐかに絞ってお話しします。
なぜ「共通項」を取るのか
4つ目の工程――複数の連想に共通して現れた食材を選ぶ――は、この手順の中でもっとも効く部分です。なぜここまで共通項にこだわるのかを説明します。
1つのアロマ食材から一直線に皿を決めると、一点は合っても、全体が散らかります。たとえばシャブリのレモンだけを見て「白身魚のカルパッチョ、レモン風味」と決めたとします。レモンの線では合っています。ですが、潮・ヨードと青りんごの二つは、どこにも受け止められていません。グラスの中で鳴っている三つの音のうち、一つしか拾えていない状態です。
一方、3つの連想に共通して出てきた食材は、そのワインの複数の香りと同時に手を繋げる食材です。牡蠣は、レモンとも海苔とも繋がっている。だから主役に据えると、皿全体がワインのほうを向きます。
熟成した赤で、もう一度たどってみる
同じ手順を、別のワインで通してみます。熟成した赤の場合です。
香りを3つに絞ると、きのこ、ドライフルーツ、紅茶。これをアロマ食材に置き換えると、干し椎茸、プルーン、紅茶になります。そして連想を広げると、3つすべての線から熟成肉が出てきます。
皿はこうなりました。
熟成牛のロースト、干し椎茸のソース、プルーンと紅茶のジュ。
面白いのは、この一皿を貫いているものです。干す、煮出す、煮詰める。どれも「時間をかけて水分を抜き、香りを凝縮させる」操作です。熟成というワイン側の時間に、料理側の時間で応えている。時間の要素だけで組んだ一皿と言えます。
工程は先ほどのシャブリとまったく同じでした。香りを3つ取り、置き換え、広げ、重なりを拾う。ワインが変わっても、通る道は変わりません。
途中までしか分からなくても、組み始められる
この手順のいちばんの利点は、完璧に分析できなくても機能することです。
香りが2つしか取れなくても、その2つから連想は広げられます。1つしか取れなければ、1つから始めれば十分です。分岐をひとつ通るたびに、料理側への指示が1つ確定していく。最後まで辿り着かなくても、途中まで通った時点で組み始められる構造になっています。
もうひとつ、実務的な抜け道もあります。生産者やインポーターの資料に書かれた香りの表現を、そのまま3つの香りとして使う方法です。「柑橘と白桃、ヘーゼルナッツ」と書かれていれば、それを工程②に投入すればいい。理屈の上では、飲まずに組み始めることもできます。私も、事前に一本を預かったときはこの方法をよく使います。
外したときに、戻る場所が分かる
手順で組むことのもうひとつの効用は、失敗の扱い方が変わることです。
外したときは、感覚が悪かったのではありません。どこかの工程を飛ばしています。
- 香りは合うのに繋がらない → 層の読み違い。強度の見積もりがずれています
- 一点は合うが全体が散らかる → 共通項を取っていない。工程③で止まっています
原因が工程に紐づいているので、戻る場所が分かります。「なんとなく合わなかった」で終わらず、「②の置き換えが粗かった」と特定できる。次に活きるのは、こちらのほうです。
センスの問題にしてしまうと、改善の手がかりが残りません。手順にしておけば、外れた回も含めて、すべてが積み上がっていきます。
同調から始めて、対比へ広げる
香りの共通項で組む今回の手順は、ペアリングの型でいえば同調にあたります。ワインの香りを皿の上に重ねるので意図が素直に伝わり、大きく外すことが少ないのが特長です。同調・補完・対比の3つの型の全体像は、ワインペアリングとはで整理しています。
もう一方の対比は、ワインに足りない要素を料理の側から補う一手です。脂に酸を当てる、甘さに塩を効かせる。緊張感が生まれ、記憶に残りやすい組み合わせになります。ただし外したときの落差も大きく、狙って使うにはワイン側の読みの精度が要ります。
順序としては、まず同調で組めるようになってから、補完や対比へ広げていく。私はそうお伝えしています。3つの香りを取って共通項を拾う、というこの手順は、そのまま同調の入口です。
出張料理の現場で使っている手順です
ここまでの手順は、Na Team Lab の出張料理の現場で、実際に使っているものです。
お客さまが「この日のために取ってあった」という一本を前に、香りを取り、連想を広げ、その場で皿を確定する。ワインが先にあって、料理があとから寄り添う。この順番の夜が、いちばん面白いコースになります。
Na Team Lab の出張料理は、6〜16名さまで承っています。お一人あたりコースが15,000円〜、ワインペアリング付きが22,000円(税・サービス料・出張費込)。食材から器、カトラリーまでを携えて伺いますので、ご自宅、別邸、タワーレジデンスのパーティールームなど、お客さまが選ばれた空間に、そのままひと夜のレストランを仕立てます。サービスの詳細は出張料理のページにまとめています。
まとめ
ワインペアリングの組み立て方について、この記事でお話ししてきたことを整理します。
- 手順は4工程:香りを3つに絞る → アロマ食材に置き換える → 連想を広げる → 共通項を皿の主役に据える
- 品種は当てにいかない:ソムリエの利き当てと、ペアリングの組み立ては別の技術
- 香りで繋ぎ、強度で一歩引く:この2つが揃って初めて成立する。塩を足さない判断もその一部
- 共通項を取る理由:複数の香りと同時に手を繋げる食材だけが、皿全体をワインのほうへ向かせる
- 途中まででも機能する:香りが2つでも1つでも、通った分だけ料理側の指示が確定する
- 外れた原因は工程に紐づく:感覚のせいにせず、戻る場所を特定できる
原則を知ることと、手順を持つことは違います。原則は理解を与えてくれますが、手順は、迷ったときに足を前に出させてくれます。
次に一本を開けるとき、香りを3つだけ、言葉にしてみてください。そこから先の道は、もう決まっています。
よくある質問
ワインの知識がなくても、この方法でペアリングできますか?
できます。この手順に品種名やヴィンテージの知識は必要ありません。求められるのは「香りを3つ言葉にする」ことだけで、レモンっぽい、海っぽい、りんごっぽい、という日常の言葉で十分に機能します。詳しさよりも、香りを取る習慣のほうが役に立ちます。
香りをうまく取れない場合は、どうすればいいですか?
2つでも1つでも、取れた分だけで連想を始めてください。工程を通った分だけ料理側の指示は確定します。また、生産者やインポーターの資料に書かれた香りの表現をそのまま3つの香りとして使う方法もあり、飲む前から組み始めることもできます。
同調と対比は、どう使い分けますか?
まずは同調から始めることをおすすめします。ワインの香りを皿に重ねる組み立てで、意図がもっとも素直に伝わるためです。対比はワインに足りない要素を料理で補う一手で、印象は強く残りますが読みの精度が要ります。同調で組めるようになってから広げる順序が確実です。
香りで合わせる前に確認すべきことはありますか?
料理とワインの重さが揃っているかを先に確認してください。香りが繋がっていても、重さが大きくずれているとどちらかが押し負けてしまいます。重さが揃ったうえで香りを繋ぐ、という順番で考えると、組み立てが安定します。
この手順で、あなたの一本に皿を組みます。
手順は公開しましたが、毎回ご自身で組むのは骨が折れます。Na Team Lab の出張料理では、この4工程をそのまま使って、当日のワインに合わせたコースを仕立てます。食材から器、カトラリーまでを携えて伺いますので、ご自宅でも別邸でも、パーティールームでも同じように整います。

