「来年、父が卒寿になる」。家族の会話にその一行が出てきたとき、まず調べられるのは「卒寿とは何歳か」という短い問いです。

答えは数行で済みます。けれど多くの方が、すぐに次の問いへ移ります。九十歳の親を、どこに集めればいいのか。

卒寿は、長寿祝いの中でも特別な位置にあります。還暦や古希のように「元気なうちの節目」として祝える年齢とは、前提が違ってきます。本人の体力が、企画の第一条件になる。

この記事では、卒寿のお祝いの食事をご本人の体力から設計するという考え方をお伝えします。書いているのは、出張料理人として年間200件を超える食卓に伺ってきた者です。席を用意する側の立場から、順に見ていきます。

SUMMARY

結論:卒寿のお祝いの食事は、90歳のご本人の移動と待ち時間をできるだけ減らすことを最優先に場所を決めます。 卒寿は数え90歳(満89歳)のお祝いで、「卒」の略字「卆」が九十に見えることに由来し、色は白と紫です。 お店を選ぶなら段差のない個室で二時間以内、移動が負担であれば、自宅に料理人を呼ぶ形が向いています。 料理は柔らかく、一口で食べられる大きさに整え、品数を絞って温かいうちにお出しします。 この記事では、卒寿の食事会をご本人の体力から設計していく考え方をお伝えします。

あわせて、米寿を家族で祝う食卓と還暦祝いの食事を整えるもご覧ください。

卒寿とは|数え90歳・満89歳のお祝い

卒寿とは、数え年で90歳を迎えた方をお祝いする長寿祝いです。読み方は「そつじゅ」といいます。

数え年の90歳は、満年齢では89歳にあたります。「卒寿は何歳か」という問いに対して、90歳と答える資料と89歳と答える資料の両方が見つかるのは、数え年で言うか満年齢で言うかの違いによるものです。

名前の由来は、漢字のかたちにあります。「卒」の略字は「卆」と書きます。この字を分解すると、上が「九」、下が「十」。九十を並べて、九十歳の祝いに「卒」の字が当てられました。

米寿が「米」を八十八と読み替えたのと、同じ発想です。日本の長寿祝いには、こうした字の遊びから生まれた呼び名がいくつもあります。

卒寿は、米寿(数え88歳)の次、白寿(数え99歳)の手前に位置します。還暦から白寿までの一覧については、米寿の記事で表にまとめていますので、全体像を確かめたい方はそちらをご覧ください。

本記事では、卒寿に固有の部分だけを扱います。つまり、九十歳という年齢が、食事会の設計に何を要求するのかということです。

卒寿の色は白と紫|身につけるか、卓に置くか

白いポタージュをすくう手元の実写写真
食べやすさと温度を考えた料理の一例。卒寿の会の記録写真ではありません。

卒寿の色は、白とされています。紫と説明されることもあり、地域や資料によって幅があります。「卆」の字が白寿に近いことから白が当てられ、長寿祝い全体に通じる格の高い色として紫も並んで語られる、という整理が多いようです。

さて、ここでよくご相談を受けるのが、ちゃんちゃんこの扱いです。

結論から申し上げると、用意しなければならないものではありません。還暦の赤いちゃんちゃんこほど定着した習慣ではなく、身につけることを喜ばれる方もいれば、気恥ずかしく感じる方もいます。

九十歳という年齢を考えると、もうひとつ事情が加わります。羽織るという動作そのものが、負担になる場合があるのです。袖を通し、紐を結び、記念撮影のあいだ着ていて、また脱ぐ。その一連が、その日の体力の一部を使ってしまいます。

そこで私たちがおすすめしているのは、色を、身につけるものではなく食卓のほうに置くという考え方です。

テーブルクロス、ナプキン、花。白と紫であれば、選べるものはたくさんあります。皿の上に置くこともできます。写真に残したとき、その色は自然と画面に入ります。

羽織るものは数分で脱いでしまいます。卓に置いた色は、会が終わるまで全員の目に入り続けます。

場所の選び方|九十歳にとっての「近さ」とは何か

ここからが、この記事の本題です。

卒寿のお祝いを企画するとき、多くの方は「評判のよいお店はどこか」から入ります。けれど九十歳が主役の会では、先に決めるべきものが別にあります。場所です。

理由は単純で、場所の選択が、ご本人のその日の体力配分をほとんど決めてしまうからです。

場所ご本人の移動料理の調整所要時間途中で休めるか
ご本人の自宅なし相談しだいで細かく可制限なし別室で横になれる
実家・子世帯の家短距離の移動あり相談しだいで細かく可制限なし部屋があれば可
高齢者施設なし施設の規定による施設の規定による居室に戻れる
料亭・レストランの個室往復の移動あり事前相談が要る二時間制が多い難しい
ホテルの個室往復の移動あり事前相談が要る比較的自由ロビーまで出る必要がある

私たちがご自宅に伺う会で、なぜ家にしたのかを伺うと、まず返ってくるのが「移動しなくていいから」という答えです。

これは想像以上に大きな要素です。年齢が上がるにつれて、移動すること自体が負担になってきます。玄関を出て、靴を履き、車に乗り、店の入口まで歩く。若い世代にとっては数分の動作が、ご高齢の方にとっては、その日の体力の相当な割合を占めます。

そして負担は往復です。行きで使った体力は、会の最中ではなく、帰りのために残しておかなければなりません。

ただ、もうひとつの理由のほうが本質だと私は思っています。

疲れたときにすぐ休める環境が、家にはあって、店にはない。

会の途中でご本人が少し横になりたくなったとき、自宅なら隣の部屋に行けば済みます。十五分ほど休んで、また卓に戻ってこられる。お店では、それができません。「もう帰ろうか」の一言が、会そのものを終わらせてしまいます。

会場選びの差は、距離ではなく、逃げ場があるかどうかにあります。実際、お客様からいただく満足の声としてもっとも多いのは、「家でゆっくりできた」という一言です。

お店を選ぶなら、先に確かめておくこと

お店を選ぶこと自体は、もちろん悪い選択ではありません。慣れた場所より外のほうが気分が晴れる、という方もいらっしゃいます。ただ、予約サイトの情報だけでは足りない項目があります。

ひとつめは、席までの段差です。エントランスから席まで階段があるか、お手洗いが同じ階にあるか。電話で聞くのが確かです。

ふたつめは、音です。年齢とともに、雑音の中から人の声を聞き分けることは難しくなります。にぎやかな店内では、主役だけが会話の外に置かれてしまうことがあります。

三つめは、コースの調整に応じてもらえるかどうか。量を減らす、柔らかいものに替える、出す間隔を空ける。この三つを事前に相談できる店かどうかで、当日のご本人の負担は大きく変わります。

四つめは、時間制の有無です。二時間制のお店では、ご本人が途中で休みたくなっても、時間が押していきます。

九十歳に合わせた料理|柔らかさ、一口の大きさ、塩味

ご年配の方が主役の卓で、私が実際に変えていることをお伝えします。ご家庭で用意される場合にも、そのまま使える考え方だと思います。

Na Team には「塩は引き算で旨味を彫る」という考え方があります。塩が足りなければ素材の旨味は眠ったまま、過ぎれば旨味は塩辛さに溶けて消える。その狭間のピークを探る作業です。

ご年配の方が同席する日は、このピークを少し手前に置きます。味付けの塩味を抑える。ただし薄くするのではなく、出汁や火入れの側で輪郭を立て直す、という設計です。塩を引いた分を、別の方法で埋め戻す。

量と速さも、同時に落とします。七十代の卓ですでに見えてくるのは、たくさん食べることが目的ではないということです。同じ場の空気を一緒に味わいたい、という感覚のほうが強い。皿が続けて出てくると、主役だけが追いつけなくなります。

ですから、品数を減らすのではなく、一皿の量を減らして、間を空ける。提供の量とペースを調整するというのは、そういう意味です。ペースは、もっともゆっくり召し上がる方に合わせます。

そして、噛み切りやすさ。九十年を過ごしてきた歯と顎に、無理をさせない。食べやすいかたちに整えることは、味を落とすこととは別のことです。

一口の大きさについても、ひとつ考え方をお伝えします。小さく切ることと、食べやすいことは、必ずしも同じではありません。細かく刻みすぎると、まとまりがなくなって口に運びにくくなることがあります。一度で口に入る大きさに、ひとまとまりで整える。そのほうが扱いやすいのです。

ご家庭で用意される場合も、この三つを意識するだけで、だいぶ変わると思います。塩味を少し手前に。一皿を小さく、間を空けて。そして、ひと口でまとまる形に。

時間と流れ|二時間以内に収める

卒寿の食事会は、二時間以内に収めることをおすすめしています。

長寿祝いというと、たっぷり時間をとって、ゆっくり過ごしていただきたいと考えるのが自然です。けれど実際には、長い会は主役にとって負担になります。座っている姿勢を保つこと自体に、体力が要るからです。

流れとしては、次のように組むと落ち着きます。

  • 開始:主役が席に着いてから、全員が揃うのを待たない。先に座っていただく
  • 乾杯:短く。長い挨拶は、主役が立っている時間を増やしてしまう
  • 食事:一皿ずつ、間を空けて。主役のペースで進める
  • 贈り物:食事の中盤に。終盤は疲れが出ます
  • 記念撮影:皿が下がって、全員の手が空いたとき
  • お見送り:主役は席のまま。周りが立つ

贈り物のタイミングについて、少し補足します。終盤に回すと、主役の集中が切れていることがあります。食事が半分ほど進んだあたり、まだ元気が残っている時間帯のほうが、受け取る側も嬉しい。

記念撮影は、会の締めくくりに置きます。皿が下がり、全員の手が空いたときがもっとも撮りやすい。私たちが伺う会でも、最後の撮影はお手伝いしています。九十歳の日に撮った一枚は、次の白寿の日まで残ります。

予算の目安

卒寿の食事会の予算は、場所と形式で大きく変わります。

形式お一人あたりの目安
料亭・レストランの個室会場の設定による
ホテルの個室・会食プラン会場の設定による
自宅への出張料理(着席のコース)15,000円〜
自宅への出張料理(ワインのペアリング付)22,000円

私たちの出張料理についてお伝えすると、着席のコースはお一人15,000円から、ワインのペアリングをつける場合は22,000円です。いずれも6〜16名さま、税・サービス料・出張費込みです。1回のご依頼につき90,000円からで、ご家族の集まりは6名さま以上でお受けしています。

お店と自宅を比べるとき、料理の単価だけで並べると判断を誤ります。お店の場合は、そこに移動の費用と、ご本人の体力という見えない支出が加わります。自宅の場合は、その二つがかかりません。

プレゼントについても、一言だけ。卒寿の贈り物に何を選ぶかで悩まれる方は多いと思います。ただ、九十歳の方にとって本当に手に入りにくいものは何かと考えると、答えは少し変わってきます。それは、家族全員の予定が揃った一日です。

品物を贈るなら、その日の食卓に置けるものを。それが、いちばん静かな形だと思います。

自宅で開く卒寿の食事会

ここまで、自宅という選択について書いてきました。ただ、自宅には自宅の難しさがあります。

家族が、配膳に立たなくていい

卒寿の席を主催されるのは、多くの場合お子さん世代です。その方が作り、出し、下げ、洗う。気づけば、卓に座っている時間がもっとも短いのが主催者になります。

けれど卒寿のお祝いで、主役の隣に座っていたいのは、ほかでもないその方のはずです。

お店では細かな対応ができない。家では、用意する人が座れない。この二つの間に落ちてしまう会が、少なくありません。そのための出張料理だと、私は思っています。

私たちが伺うとき、持っていくものは食材だけではありません。器、グラス、カトラリー、必要な調理道具のすべてを携えます。ご用意いただくのは、キッチンの設備だけです。足りないものがあれば、持ち込みで対応します。打ち合わせの段階で現地の設備を共有していただければ、当日までに最適化しておきます。

そして、後片付けまで引き受けます。余韻を残して、すべて引き上げる。お客様の手は、ひと指も汚れません。

これは、九十歳の主役のためだけの設計ではありません。その日いちばん働いてしまうはずだった方を、卓に座らせるための設計でもあります。

ひ孫の世代が同席する場合

卒寿の会は、三世代、四世代が同じ卓につくことがあります。九十歳と、三歳が、同じテーブルにいる。

このとき、コースの全体像は変えません。お子様には、年齢によって食べられるものに置き換えて、同じ順番でお出しします。同じ流れの中に全員がいる。これが、世代の離れた卓ではよく効きます。

別立てのコースにしてしまうと、小さなお子様だけが別の時間を過ごすことになります。同じタイミングで皿が出て、同じタイミングで下がる。それだけで、全員が同じ会に参加している感じが残ります。

アレルギーや苦手な食材についても、ご相談の時点でお伝えいただければ、最大限の配慮で組み立てます。

まとめ

卒寿のお祝いの食事について、この記事でお伝えしたことを整理します。

  • 卒寿とは数え90歳(満89歳)のお祝い。「卒」の略字「卆」が九十に見えることに由来する
  • 色は白、資料によっては紫。身につけるより卓に置くほうが長く残る
  • 先に決めるべきは店ではなく場所。移動と、途中で休めるかどうかが軸になる
  • お店を選ぶなら、段差・音・コースの調整・時間制の四点を電話で確かめる
  • 料理は塩味を抑え、一皿の量を減らして間を空け、ひと口でまとまる形に整える
  • 会は二時間以内。贈り物は中盤、記念撮影は皿が下がったあと
  • 自宅なら、主催する家族も卓に座っていられる

九十年という歳月は、数えれば一行です。けれどその一行の下には、三万三千日ぶんの食卓が積み重なっています。卒寿の食事会とは、その積み重ねの上に、家族のほうが集まってくる日なのだと思います。

次のステップ

卒寿を迎える方にとって、慣れないお店への移動そのものが負担になることは、珍しくありません。

ご自宅であれば、その心配は消えます。

Na Team Lab は、食材も器もグラスもカトラリーも携えて伺います。ご用意いただくのはキッチンだけで、後片付けまで引き受けます。お客様の手は、ひと指も汚れません。

コースはお一人15,000円から、ワインのペアリングをつける場合は22,000円。いずれも6〜16名さま、税・サービス料・出張費込みです。1回のご依頼につき90,000円からで、ご家族の集まりは6名さま以上でお受けしています。対応エリアは基本的に東京都内、ご相談は2週間前までにいただけると、当日まで仕込みを重ねられます。

なお、恵比寿では6〜8名さまの完全貸切のレストランを一日ひと組で営んでいます。外でお祝いされる場合は、こちらもご相談いただけます。一日ひと組ですので、開始の時刻はご本人のご都合に合わせて調整できます。

卒寿のお祝いのご相談や、Na Team Lab の出張料理・レストランの詳細は、公式LINEにてご案内しています。ご検討の節は、こちらからお声がけください。

よくある質問

卒寿は数え年と満年齢の、どちらで祝えばよいのでしょうか?

どちらが正しいという決まりはありません。もともとの習わしは数え年の90歳ですが、現在は満年齢で祝うご家庭も増えています。現実的な決め手になるのは、家族全員の予定が揃う年がどちらかという点です。揃って祝える年に開いて差し支えありません。

本人が高齢者施設に入っている場合、卒寿のお祝いはどうすればよいですか?

まず施設に、外出の可否と食事の持ち込み規定を確認することをおすすめします。外出が難しい場合でも、面会スペースや居室で短時間の会を開けることがあります。移動をともなわない形であれば、ご本人の負担はもっとも小さく収まります。

ひ孫がまだ小さい場合、卒寿の食事会はどう進めればよいですか?

コースの全体像は変えず、お子様には年齢に応じて食べられるものに置き換えてお出しします。同じ順番で皿が出入りすることで、全員が同じ会にいる感じが残ります。小さなお子様がいる場合は、会の時間をさらに短く組むのも一案です。

Na Team Lab オーナーシェフ 川原壯太
ABOUT NA TEAM LAB Na Team Lab|株式会社Na Team

東京・恵比寿を拠点に、出張料理・店舗貸切・料理教室・ワイン会を展開。料理、ワイン、空間、その日の時間までを設計し、食を通して心に残る体験をつくっています。

執筆:(オーナーシェフ)。年間200件を超える出張料理・会食の経験をもとに、現場の視点をお伝えします。

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