乾杯の直前。グラスが手渡され、席の全員が立ち上がる。その数秒のあいだに、指をどこに置くか、ほんの一瞬迷ったことはないでしょうか。
脚を持つらしい、ということは、たいてい聞いたことがあります。けれど、脚のどのあたりを、どれくらいの力で持つのか。台座に指をかけている人もいれば、膨らみを包んでいる人もいる。どれが正しいのか、隣の人には聞けないまま、その日が来てしまう。
シャンパングラスの持ち方で多くの方が立ち止まるのは、知識がないからではありません。確かめる相手がいないまま、場面のほうが先に来てしまうからです。
この記事では、持ち方を三通りに分けて、指の置き場所まで具体的にお伝えします。あわせて、乾杯でグラスをぶつけない理由と、泡の注ぎ方についても書きます。恵比寿で一日ひと組・八席のレストランを営み、注ぐ側に立ってきた立場から書きます。
結論:シャンパングラスは、ボウル(膨らみ)ではなく脚(ステム)を持ちます。 理由は二つあります。手の熱でワインが温まるのを防ぐこと、そして立ちのぼる泡を、遮らずに見せることです。 スパークリングの適温は6〜8℃です。ボウルを包んで持つと、この温度は静かに動きはじめます。 乾杯では、グラス同士をぶつけません。薄いグラスほど縁が欠けやすく、音も濁ります。目の高さに軽く掲げ、視線を合わせるのが本来の作法です。 シャンパングラスの持ち方は、自分のためではなく、隣の一杯を守るためにあります。
あわせて、ワイングラスを形から選ぶとワインペアリングの組み立て方もご覧ください。
結論|シャンパングラスの持ち方は、脚(ステム)を持つのが基本です
シャンパングラスは、ボウル(膨らみ)ではなく、脚(ステム)を持ちます。理由は二つだけです。
ひとつめは、温めないためです。スパークリングワインの適温は6〜8℃。しっかり冷やして、泡と酸を立たせる温度帯です。人の体温は、それよりはるかに高いところにあります。ボウルを手のひらで包めば、そこから熱は伝わります。急に温まるわけではありません。けれど、話が弾んで一杯に時間をかけるほど、温度は静かに動いていきます。
ふたつめは、泡を見せるためです。シャンパングラスの中では、底から生まれた泡が、細い線になって立ちのぼっていきます。手のひらでボウルを覆うと、その線は隠れてしまいます。飲む前のひと呼吸、あの立ちのぼりを眺める時間まで含めて、泡のある一杯です。
持ち方に一つだけの正解があるわけではありません。ただ、理由のあるほうを選ぶことはできます。
持ち方は三つ ― どれを選んでもよく、選ぶ理由だけが違います

ステムを持つ、と言っても、手の形は一通りではありません。実際に使われている持ち方は三つあります。上の二つは、場面で選び分けて構いません。
ステムをつまむ ― もっとも軽く、泡がよく見える
親指と人差し指で、脚の中ほどを軽くつまみます。安定させたければ中指を添えるところまで。力は入れません。つまむというより、支えるだけという感覚です。
この持ち方は、グラスの下半分がまったく隠れません。泡の立ちのぼりが最も見える持ち方で、光もよく通ります。立食で片手が塞がっている場面、写真に手元が写る場面に向いています。
台座を支える ― 長く持っていても疲れません
台座(プレート)の縁を上から親指で押さえ、人差し指と中指を台座の下に添えます。ちょうど、薄い円盤を指で挟むような形です。
重心が下に落ちるため、長時間持っていても手が疲れません。座って話が長くなる場面に向いています。歓談が一時間を超えるような会では、こちらのほうが楽に過ごせます。
ボウルを持つ ― 温まる、曇る、泡が見えない
膨らみの部分を手のひらで包む持ち方です。避けたほうがよい理由は、三つに整理できます。
- 温度が動く:手の熱が直接ワインに伝わり、泡と酸がゆるみます
- グラスが曇る:冷えたガラスに手の温度と湿気が触れ、指の跡が残ります
- 泡が見えない:立ちのぼる線が、手で隠れてしまいます
そしてもう一つ、先にお伝えしておきたいことがあります。私は、お客さまがボウルを握っていても、こちらから申し上げることはありません。この点は、記事の最後にあらためて書きます。
フルート、クープ、白ワイングラス ― 形で、泡の見え方が変わります
シャンパンを注ぐグラスは、一種類ではありません。形が変わると、泡の立ち方と香りの広がり方が変わります。
| 型 | 泡と香り | 向く場面 |
|---|---|---|
| フルート型 | 泡が細い線になって長く立ちのぼる。香りは狭い範囲に集まる | 乾杯、写真に残す場面 |
| クープ型 | 口が広く、泡は早く抜ける。香りは散りやすい | 演出、シャンパンタワー |
| 白ワイングラス | 泡は穏やかになるが、香りがよく広がる | 食事と合わせる場面 |
Na Team Lab では、フルートグラスを使うことが多いです。高さがあるほど、泡立ちが綺麗に映るからです。底から立ちのぼる線が長く見えるのは、背の高いグラスの特権です。
ただし、使っているのはフルートのなかでも、少しふくらみのあるものです。細いだけのグラスは、泡は美しく見えても、香りの逃げ場がありません。ボウルにわずかな膨らみを持たせることで、泡の見え方と香りの立ち上がりを、一脚のなかで両立させています。
もうひとつ。ワインがお好きで、大きなグラスでシャンパンを飲みたいとおっしゃる方もいらっしゃいます。その場合は、赤ワイングラスにお注ぎすることもあります。泡の線を眺めるよりも、香りを大きく取りにいきたい。そういう飲み方をされる方には、そのほうが合っています。
近年は、食事と合わせる場面で、泡を白ワイングラスに注ぐ店も見かけるようになりました。泡の見た目より、香りを取りにいく設計です。どちらが正しいという話ではなく、その一杯で何を前に出したいかの違いです。
乾杯の作法 ― ぶつけない、目の高さ、それだけです
乾杯でグラス同士をぶつけない。これはよく知られた作法ですが、理由まで説明されることは多くありません。三つあります。
ひとつは、欠けるからです。薄口のグラスほど、飲み口の印象はなめらかになります。唇に当たる縁が薄いほど、ワインは軽やかに流れ込みます。ただし、その薄さは割れやすさと表裏です。良いグラスであるほど、当てたときの危うさは増します。
ふたつめは、音が濁るからです。薄いガラス同士が良い角度で触れたときの音は確かに澄んでいますが、それは狙って出せる音ではありません。角度が悪ければ、鈍い音が返ってきます。
みっつめは、こぼれるからです。満たされたグラスを勢いよく合わせれば、泡は表面で膨らみ、縁を越えます。ご自身の服だけで済めばよいのですが、隣の方にかかることもあります。
では、代わりにどうするか。グラスを目の高さに軽く掲げ、相手の目を見る。それだけで乾杯は成立します。声は「乾杯」の一言で足ります。
目上の方がいらっしゃる場面では、自分のグラスをわずかに低い位置にします。わずかに、です。極端に下げると、かえってその所作のほうが目立ちます。人数が多い席では、当てに行こうとしないほうが良い場面もあります。卓を大きく回り込んで全員と合わせようとすると、会そのものの流れが止まってしまいます。掲げるだけで、その場の全員に届きます。
ちなみに、これまで当店で、お客さまの手元でグラスが割れたことはありません。作法が守られているからというより、ぶつけなくても乾杯は十分に成り立つということだと思っています。音を立てないほうが、その一瞬は長く残ります。
注ぎ方と、注がれ方
泡を注ぐときに難しいのは、量ではなく泡の立ち方です。勢いよく注ぐと泡が一気に膨らみ、グラスの縁を越えます。溢れた泡のぶんだけ、後半の一杯は痩せていきます。
私が現場でしているのは、2回に分けて注ぐか、1回で入れるならゆっくり少量ずつ、泡立ちを見ながら注ぐかのどちらかです。大切なのは「2回」という数ではありません。泡の立ち方を見ながら、速度を調整することです。一度目で立った泡が落ち着くのを待ってから、二度目で満たす。見ているのは時計ではなく、グラスの中です。
さて、注がれる側の作法です。ここでひとつ、覚えておくと気が楽になることがあります。
グラスを持ち上げて受ける必要は、ありません。
洋の場では、グラスは置いたまま注ぐのが基本です。私自身、テーブルに置かれたまま注ぐか、あるいはお客さまの手元からグラスをいったんお預かりして、後ろで注いでからお戻しすることが多くあります。どちらの場合も、お客さまが腕を上げて待つ必要はありません。
日本には、両手を添えて受けるという美しい所作があります。目上の方の前でそうしたいと感じるなら、それで構いません。どちらが正しいという話ではなく、その場と相手で決まることです。作法を守るために、隣の人の空気を固くしてしまっては、順番が逆になります。
やりがちなこと、四つ
人が集まる場で、泡の状態を鈍らせてしまう行いが四つあります。どれも、理由は単純です。
口紅。飲み口に付いた油分に触れると、そこから泡が消えていきます。グラスの内側に輪が残るのも、あまり気持ちのよいものではありません。お手洗いで軽く押さえてから席に戻る。それだけで変わります。
香水と整髪料。香りは、いちばん先に潰れるものです。泡の香りは繊細で、隣の席の香水にも負けます。ご自身の一杯だけでなく、卓を囲む全員の一杯に関わるところです。
グラスを回す。赤ワインで見る、あのスワリングです。泡には必要ありません。回せば回すほど、炭酸は抜けていきます。香りを開かせる操作が、この場合は泡を壊す操作になります。
氷を入れる。薄まるという以上に、泡の粒が粗くなります。冷たさは手に入りますが、細かい泡の感触は失われます。
とはいえ、これらは人の集まる場での話です。ご自宅で、ご自分のために飲む一杯であれば、氷を入れても、ボウルを握っても構いません。夏の午後に、よく冷えた泡を少し薄めて飲みたい日もあります。作法は、人と卓を囲むときにだけ意味を持つものです。
求めていない注意は、しないようにしています
ここまで作法を書いておいて、最後にこう申し上げるのも妙な話ですが、私は現場で、お客さまの持ち方を指摘することはありません。
ボウルを握っていらっしゃっても、何も申し上げません。作法について尋ねられたときには、こうされるとよいかもしれません、とお伝えします。けれど、求められていない注意はしないようにしています。
理由は単純です。作法は、その夜を良くするためにあるものだからです。指摘された一言が気にかかって、その後の一時間ずっと手元を意識しながら過ごすことになるなら、泡が2℃温まることより、そちらのほうがよほど惜しい。私はそう考えています。
だからこの記事も、正解を押し付けるために書いたものではありません。知っていれば、迷わずに済む。迷わずに済めば、目の前の相手と料理に集中できる。それだけのために書きました。
Na Team Lab のレストランは、東京・恵比寿にある一日ひと組・八席のプライベートレストランです。完全紹介制・完全貸切で、コースとワインを合わせた一夜を、約3時間かけてお出ししています。出張料理では、器と一緒にワイングラスも人数分お持ちします。グラスが変わると、同じワインの味が変わってしまうためです。どの皿にどのグラスを当てるかまでが、ペアリングの設計だと考えています。
ご自宅にグラスが揃っていなくても、問題ありません。手ぶらの卓に、ひと夜のレストランを組み立てにまいります。Na Team Lab の世界観や、レストラン・出張料理の詳細については、公式LINEにてご案内しています。
まとめ
シャンパングラスの持ち方と、乾杯の作法について、要点を整理します。
- 脚(ステム)を持つ理由は二つ。手の熱で温めないためと、立ちのぼる泡を遮らないため
- 持ち方は三つ。ステムをつまむ、台座を支える、ボウルを包む。上の二つは場面で選んでよい
- 乾杯ではぶつけない。欠ける、音が濁る、こぼれるの三つが理由。目の高さに掲げ、視線を合わせれば足りる
- 注がれるとき、グラスを持ち上げる必要はない。置いたまま受けるのが洋の基本
- 人の集まる場と、自宅は別。作法は、卓を囲むときにだけ意味を持つ
指の置き場所ひとつで、一杯の温度は変わります。けれど本当に守られているのは、ワインではなく、その夜の空気のほうです。次に乾杯の場に立つとき、脚を持つその手が、少しだけ軽くなっていれば嬉しく思います。
よくある質問
乾杯でグラスをぶつけてはいけないのは、なぜですか。
理由は三つあります。薄いグラスほど縁が欠けやすいこと、当たり方によって音が濁ること、そして中身がこぼれることです。目の高さに軽く掲げ、相手と視線を合わせるだけで、乾杯としては十分に成立します。
乾杯のシャンパンは、飲み干すべきでしょうか。
飲み干さなくて構いません。口をつける程度で十分です。乾杯は量ではなく、その場を始める合図だからです。このあと食事が続く場面では、最初の一杯を残しておいたほうが、後半の皿まで落ち着いて過ごせます。
フルートグラス以外で飲んでも構いませんか。
構いません。食事と合わせる場面で、白ワイングラスに注ぐ店も増えています。ボウルが広いぶん、香りがよく広がるためです。泡の見え方を優先するならフルート、香りを取りにいくなら大きめのグラスと考えると選びやすくなります。
一杯の違いを、料理とともに確かめる。
少人数のワイン会で、グラス、温度、料理との関係を実際に比べます。

