結論:レバノンワインの中心は、標高900mを超えるベッカー高原です。 地中海の東岸は、ぶどう栽培とワイン醸造がもっとも早く始まった地域のひとつとされ、この国のワインの歴史は古代にまでさかのぼります。 現代の造りはフランスの影響を強く受けており、カベルネ・ソーヴィニヨン、サンソー、カリニャンなどを組み合わせたブレンドの赤が柱です。 なかでもシャトー・ミュザールは、長期熟成に耐える赤として世界的に知られています。土着の白ぶどうも残っています。
あわせて、ピノタージュは、南アフリカでしか生まれなかった赤と樽熟成は、ワインに何を足しているのかもご覧ください。

ワインの歴史をたどっていくと、地中海の東岸に行き着きます。
ぶどうからワインを造り、壺に詰めて船で運び、各地に広めた人たちがいた。その航路の起点のひとつが、いまのレバノンのあたりだと考えられています。ワインを地中海世界に配った土地と言ってもよいかもしれません。
ところが、現在のレバノンワインを飲んだことのある方は、それほど多くありません。この記事では、レバノンのワインがどこで造られ、どの生産者が知られ、どんな品種が使われているのかを整理します。恵比寿で一日ひと組のレストランを営み、年間およそ2,000種のワインを試飲する立場から、この国の一本の読み方をお話しします。
なお、この記事ではワインと産地の話だけを扱います。
レバノンとワインの、長い関係
フェニキアの時代から
地中海の東岸に暮らしていた人々は、紀元前の時代から船で交易をおこなっていました。その積荷のひとつがワインだったとされています。
ぶどうの苗と造り方が、この航路に沿って地中海の各地に伝わった。現在のワイン産地の多くが、その流れの先にあると考えられています。
レバノンの東部には、ローマ時代に築かれたワインの神をまつる神殿の遺構が残っています。バールベックの「バッカス神殿」(2世紀ごろ)がそれで、この土地がワインと深く結びついていたことを示すものとして、よく紹介されます。
近代の造りは、フランスの影響を受けています
長い空白を経て、現在につながるワイン造りが始まったのは19世紀以降です。
1857年には、イエズス会の修道士によってワイナリー(のちのクサラ)が開かれたと伝えられています。20世紀前半には、フランスの栽培と醸造の考え方が強く入り、ボルドーやローヌの品種が根づきました。
ですから、レバノンの赤ワインは、中東の土地に、フランスの設計図で建てられたワインという性格をもっています。カベルネ・ソーヴィニヨンとサンソー、カリニャンを組み合わせる発想は、南フランスのそれに近いものです。
ベッカー高原という産地
レバノンのワインを語るとき、産地の名前はほぼひとつに絞られます。ベッカー高原(ベカー・ヴァレー)です。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 標高 | 900〜1,100m前後の畑が多い |
| 地形 | 二つの山脈に挟まれた細長い高原 |
| 気候 | 夏は乾燥して雨が少なく、日照が長い |
| 水 | 冬の降雨と、山の雪解け水に支えられる |
| 寒暖差 | 昼と夜の温度差が大きい |
この条件が、どう味に出るのか。順に説明します。
標高と寒暖差が、酸を残します。 昼に熟し、夜に冷える。この繰り返しがあると、糖が上がっても酸が落ちません。暑い土地のワインが重くならない理由は、たいていここにあります。
乾燥が、健全なぶどうをつくります。 雨が少なく湿気が低いため、病気が出にくい。薬剤に頼らない栽培がしやすい土地だとも言われます。
日照が、果実の濃さを与えます。 色は濃く、果実はよく熟します。
酸が残り、果実が濃い。この二つが同時に成り立つのが、高原の産地の強みです。南アフリカのワインが涼しい海風で同じことを実現しているのと、理屈は同じです。南アフリカワインの記事と読み比べると、産地の条件の読み方が身につきます。

知られた生産者
この国のワインは、産地名ではなく生産者名で語られることが多いものです。数が限られているからです。
シャトー・ミュザール
レバノンワインと聞いて、世界のワイン愛好家が最初に挙げる名前です。
1930年に創業し、一族によって続けられてきた造り手だとされています。知られているのは、赤ワインを長く熟成させてから売るという姿勢です。収穫からリリースまで数年を置き、瓶の中でさらに時間をかけて飲み頃を迎えるワインを造っています。
赤は、カベルネ・ソーヴィニヨンにサンソーとカリニャンを組み合わせたブレンドが中心だと紹介されます。清澄をおこなわず、濾過も最小限にとどめる造りで、瓶によって、年によって表情が変わるとも言われます。
味わいの評判としてよく語られるのは、若いうちは荒く、時間を置くと驚くほど複雑になるという点です。熟成したボルドーにも、ローヌにも似ていない。けれども、古いワインが好きな方には強く刺さる。そういう評価を受けてきた造り手です。
樽と時間がワインに何をするのかという話は、樽熟成の記事にまとめました。
クサラ
19世紀半ばに修道会の手で始まったと伝えられる、この国でもっとも古いワイナリーのひとつです。ローマ時代に掘られたとされる洞窟を熟成庫として使っていることで知られます。
生産量が比較的多く、手に入りやすい価格帯のものもあります。レバノンワインを初めて試すなら、こちらから入るのも現実的です。
ケフラヤ
ベッカー高原の西側の斜面に畑をもつ造り手です。1970年代から本格的な生産を始めたとされ、ボルドーとローヌの品種を組み合わせた赤で評価を得ています。
このほかにも、1868年創業のドメーヌ・デ・トゥーレルのような19世紀からの造り手や、近年に設立された新しい造り手があります。
使われている品種
| 色 | 品種 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 赤 | カベルネ・ソーヴィニヨン | ブレンドの骨格をつくる |
| 赤 | サンソー | 果実の軽やかさと香りを足す |
| 赤 | カリニャン | 色と酸、土の印象を加える |
| 赤 | グルナッシュ、シラー、ムールヴェードル | 南フランス型のブレンドに使われる |
| 白 | オバイデ | 土着とされる白ぶどう |
| 白 | メルワ | 土着とされる白ぶどう |
| 白 | シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ヴィオニエ | 国際品種。近年増えている |
赤は、単一品種よりブレンドです
レバノンの赤を一本選ぶとき、ラベルに品種がひとつだけ書かれていることは、あまりありません。
二つ、三つ、ときに四つの品種を組み合わせる。これは南フランスの考え方です。骨格をつくる品種、果実を足す品種、酸と土を足す品種。それぞれに役割があります。
ここで覚えておきたいのが、サンソーです。南フランスで古くから使われてきた黒ぶどうで、暑さに強く、軽やかな果実の香りをもちます。
この品種は、別の国でも重要な役を演じています。南アフリカで1925年にピノ・ノワールと掛け合わされ、ピノタージュという新しい品種になったのが、このサンソーです(当時の南アフリカでは「エルミタージュ」と呼ばれていました)。レバノンの赤とピノタージュが、同じ品種を親に持っている。ワインの品種をたどると、こういう思いがけないつながりが出てきます。詳しくはピノタージュの記事に書きました。
土着の白ぶどうが残っています
レバノンには、オバイデ、メルワと呼ばれる白ぶどうがあります。古くからこの土地にあったとされる品種です。
とくにオバイデは長いあいだ、ワインよりも、アニスの香りをつけた地元の蒸留酒(アラック)の原料として使われてきたと言われます。近年、これらを辛口の白ワインに仕立てる試みが出てきています。
その土地にしかない品種は、その土地にしかない味の、いちばん短い説明です。 見かけたら試す価値があります。
レバノンワインに合う料理
この国のワインは、この国の食卓に合わせて育っています。
| ワイン | 合う料理 |
|---|---|
| ブレンドの赤(若いもの) | 炭火の肉、ケバブ、トマトと香辛料の煮込み |
| ブレンドの赤(熟成したもの) | 羊のロースト、鳩や鴨、きのこ |
| ロゼ | 前菜の盛り合わせ、焼き茄子、ひよこ豆の料理 |
| 白(土着品種) | 白身魚、ハーブのサラダ、ヨーグルトを使った前菜 |
鍵になるのは、三つです。羊、ハーブ、豆。
羊とこの国の赤は、歴史的に同じ食卓にあった組み合わせです。炭火で焼いた羊の脂と、ブレンドの赤の渋みがぶつかると、お互いが丸くなります。羊の香りが気になる方は、羊肉のくさみについての記事をご覧ください。
ハーブは、橋渡しの役をします。パセリやミント、乾いた香草の香りは、サンソーやカリニャンのもつ土や草の印象と同じ方向を向いています。
ひよこ豆や胡麻のペーストを使った前菜には、ロゼか白を。濃い赤では、前菜のほうが潰れてしまいます。

知らない国のワインを、試す場
ここまで読んで、「飲んでみたいが、どこで買えばいいのか」と思われたかもしれません。レバノンのワインは、国内では取り扱いが限られます。
だからこそ、知らない国のワインは、何種類かまとめて並べて飲むのがいちばん効率がよいのです。一本だけを単独で飲んでも、それが国の味なのか、造り手の味なのか、年の味なのかが分かりません。一杯ずつでは分からない違いも、隣に並べればはっきりします。
私たちは、恵比寿の八席の卓で、その並べる作業を会にしています。1月16日は「南アフリカワインを巡る会」です。南アフリカの11種を昼と夜の二部制で並べ、その国にしかない品種と、よく知っている品種の両方を飲み比べます。扱う国は違っても、知らない国のワインの読み方を身につけるという点では同じ会です。
この記事を読んで「次はレバノンや中東の回を」と思われた方は、ぜひ声を聞かせてください。会のご案内をお送りしている公式LINEで、次に開いてほしい国のリクエストを受け付けています。これまでの会の一覧はワイン会のイベントページにまとめています。
まとめ
レバノンワインは、古い土地に、フランスの設計図で建てられた赤です。
- 地中海の東岸は、ぶどう栽培とワイン醸造がもっとも早く始まった地域のひとつとされています
- 現在につながる造りは19世紀以降に始まり、フランスの品種と考え方が根づきました
- 産地の中心は、標高900mを超えるベッカー高原です
- 標高と寒暖差が酸を残し、乾燥が健全なぶどうをつくり、日照が果実の濃さを与えます
- 赤は、カベルネ・ソーヴィニヨン、サンソー、カリニャンなどのブレンドが中心です
- シャトー・ミュザールは、長期熟成に耐える赤として世界的に知られています
- オバイデ、メルワという土着の白ぶどうも残っています
- 合うのは、羊、ハーブ、豆。炭火の料理と香辛料の煮込みが、この国の赤の居場所です
サンソーという品種をひとつ覚えておくと、レバノンの赤から南フランス、そして南アフリカのピノタージュまで、一本の線でつながります。
1月16日の会では、南アフリカの11種をひとつの卓に並べます。ワイン会の日程と空席を見る
まず自分の好みを知りたい方は、無料のワイン診断(全30問・5分)からどうぞ。ワイン診断はこちら
よくある質問
レバノンワインの特徴は何ですか?
標高900mを超えるベッカー高原が産地の中心で、昼夜の寒暖差が酸を残し、長い日照が果実の濃さを与えます。赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、サンソー、カリニャンなどを組み合わせたブレンドが中心で、南フランスに近い考え方で造られています。
シャトー・ミュザールとは、どんな造り手ですか?
レバノンでもっとも知られた生産者で、1930年の創業とされています。赤ワインを長く熟成させてから売る姿勢で知られ、清澄をおこなわず濾過も最小限にとどめる造りのため、年や瓶によって表情が変わるとも言われます。若いうちは荒く、時間を置くと複雑になるという評価を受けてきました。
ワインに詳しくなくても、ひとりで参加できますか?
参加者の半数以上がおひとりでのご参加です。知識は要りません。これまで100回以上開いてきて、「初めてで緊張していたのですが、とても楽しいお時間過ごすことができました」(30代・女性・会社員)という声もいただいています。八席の卓で、シェフが一杯ずつ説明します。
レバノンワインにはどんな料理が合いますか?
鍵は羊、ハーブ、豆の三つです。若いブレンドの赤には炭火の肉やケバブ、熟成した赤には羊のローストや鴨、きのこが合います。ひよこ豆や胡麻のペーストを使った前菜には、ロゼか白を合わせます。
サンソーとピノタージュはどんな関係ですか?
南アフリカで1925年にピノ・ノワールと掛け合わされ、ピノタージュになった親の品種がサンソーです。レバノンの赤の多くもサンソーを使うため、サンソーを覚えるとレバノン、南フランス、南アフリカのワインが一本の線でつながります。
一杯の違いを、料理とともに確かめる。
少人数のワイン会で、グラス、温度、料理との関係を実際に比べます。

