ワインを飲むとき、私たちはぶどうの果実のことを考えます。品種、産地、天候、造り手の判断。けれども、根のことを考えることは、ほとんどありません。
その根が、いま世界の多くの畑で、果実をつけている木とは別の種類のぶどうのものだとしたら、どう感じられるでしょうか。
これは比喩ではありません。カベルネ・ソーヴィニヨンの木の地上部はカベルネですが、地中の根はアメリカ系の別のぶどうである、という状態が世界中で標準になっています。そうなった理由が、フィロキセラという一種類の虫です。
結論:フィロキセラは、ぶどうの根に寄生して木を枯らす害虫で、19世紀後半にヨーロッパのぶどう畑を壊滅させました。 北米から持ち込まれた虫に対して、ヨーロッパ系のぶどうは根に耐性を持っていませんでした。 解決策は、耐性を持つアメリカ系のぶどうの根を台木として、そこにヨーロッパ系の品種を接ぎ木することでした。 いまも世界の多くの畑がこの方法で育っています。チリや砂地の畑など、フィロキセラが入らなかった産地には自根の古木が残ります。
あわせて、ワインの種類を造り方から知るとラベルから産地を読むもご覧ください。
フィロキセラとは ぶどうの根に取りつく小さな虫
フィロキセラは、ぶどうの根に寄生するアブラムシの仲間です。日本語ではブドウネアブラムシと呼ばれます。体長は1ミリに満たないほどの大きさで、肉眼で見つけるのは容易ではありません。
原産地は北アメリカです。北米に自生するぶどうとともに、長い時間をかけて共存してきた虫でした。
この虫は、ぶどうの根に取りついて樹液を吸います。吸われた箇所にはこぶ状の傷ができ、そこから菌が入ります。根が傷み、やがて水と養分を吸い上げられなくなり、木そのものが枯れます。
厄介なのは、地中で進むことです。地上の葉や果実を見ていても、異変はすぐには分かりません。生育が悪いと気づいた時点で、根はかなり傷んでいます。そして周囲の木へ、土の中を通って広がっていきます。
薬剤で根絶する方法は、いまも確立していません。 19世紀の造り手たちが総力を挙げて試し、それでも見つからなかった。そして、現在も見つかっていません。
なぜヨーロッパのぶどうは耐えられなかったのか

ここが、この話の核心です。
ワイン用のぶどうのほとんどは、ヴィティス・ヴィニフェラというヨーロッパ系の種に属します。カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ、ピノ・ノワール、メルロー。名前を挙げられる品種は、ほぼすべてこの種です。
一方、北米に自生するぶどうは別の種です。ヴィティス・リパリア、ヴィティス・ルペストリス、ヴィティス・ベルランディエリなど、複数の種が知られています。
そしてこのアメリカ系の種は、フィロキセラへの耐性を持っていました。 長い時間を同じ土地で過ごすあいだに、虫に取りつかれても枯れない根の仕組みを備えていったからです。
ヨーロッパのぶどうには、その経験がありませんでした。虫と出会ったことがないのですから、備える必要もなかった。だから、出会った瞬間に壊滅しました。
備えのない側に、備えのある側の虫が持ち込まれた。 これが19世紀後半にヨーロッパで起きたことの、構造です。
ヨーロッパに広がった経緯
経緯を、大きな流れで追います。
| 時期 | 起きたこと |
|---|---|
| 19世紀なかば | 植物の収集が流行し、北米からぶどうの苗木がヨーロッパへ持ち込まれる。蒸気船の登場で航海日数が短くなり、虫が生きたまま渡れるようになった |
| 1860年代 | フランス南部で、原因の分からない枯死が広がり始める。根を掘って調べたことで、虫の存在が特定される |
| 1870〜1880年代 | 被害がフランス全土、さらにヨーロッパ各地へ拡大。多くの畑が失われる。原因の究明と対策の公募が行われる |
| 1880年代以降 | アメリカ系の台木に接ぎ木する方法が有効と分かり、植え替えが進む |
| 19世紀末〜20世紀初頭 | 接ぎ木による再建が一段落。ヨーロッパのぶどう畑の姿が、根の部分で入れ替わる |
注目していただきたいのは、原因の特定に時間がかかったことです。
地上から見ても分からない。葉を調べても分からない。根を掘り返して、ようやく1ミリに満たない虫が見つかる。それまでのあいだ、土地の病気だとも、気候の変化だとも考えられていました。畑が死んでいく理由が分からない時間が、何年も続いたわけです。
この時期に失われたものは、畑だけではありません。ワインが足りなくなり、代わりの酒が飲まれるようになりました。土地によっては栽培をあきらめ、別の作物に転じました。ぶどう畑の地図そのものが書き換わりました。
接ぎ木という解決策 根だけを取り替える
解決策は、意外なところから来ました。原因を持ち込んだアメリカのぶどうが、答えも持っていたのです。
アメリカ系の種は、フィロキセラに耐性のある根を持っています。ならば、その根の上にヨーロッパ系の品種を接げばよい。地中はアメリカ系、地上はヨーロッパ系。この組み合わせで、虫に耐えながらヨーロッパの品種の果実を得られます。
これが接ぎ木です。土台になる根の側を台木、接がれる側を穂木と呼びます。
| 部位 | 何を使うか | 役割 |
|---|---|---|
| 台木(地下部) | アメリカ系のぶどうを基にしたもの | フィロキセラに耐える。土壌への適応、樹勢の調整も担う |
| 穂木(地上部) | ヨーロッパ系の品種(カベルネ、シャルドネなど) | 果実をつける。品種の性格を決める |
この方法が確立したことで、ヨーロッパのワインは品種を失わずに済みました。
当時は、アメリカ系の品種をそのまま植えればよいという意見もありました。虫に強いのですから、理屈は通っています。けれども、その果実から造られるワインは、ヨーロッパで求められている味とは違いました。品種を守るために、根を手放す。 その判断が、いまのワインの前提になっています。
台木には、もう一つの効き目もあります。土壌の性質や水分の条件に合わせて台木を選ぶことで、樹勢や熟し方を調整できるのです。石灰の多い土壌に向くもの、乾燥に強いもの、生育を抑えるもの。選択肢があります。フィロキセラへの対抗策として始まった技術が、いまは栽培の設計の一部になっています。
自根の畑が残る産地
世界の多くの畑が接ぎ木になった一方で、接ぎ木をしていない畑も残っています。自分の根で立っている木、という意味で自根と呼ばれます。
残っている理由は、地理的な隔離、土壌の性質、苗木の移動の制限という条件に分かれます。
| 産地・条件 | 残った理由 |
|---|---|
| チリ | アンデス山脈、北の砂漠、西の太平洋、南の氷河に囲まれた地理的な隔離により、フィロキセラが入らなかった |
| 砂地の畑 | 砂の土壌では虫が移動しにくく、被害が広がりにくい。ポルトガルやフランスの一部の海沿いの畑など |
| 火山灰の土壌・島の畑 | 土の性質や隔離の条件により被害を免れた例がある。ギリシャのサントリーニなどが知られる |
| オーストラリアの一部 | 州をまたぐ苗木の移動の制限などにより、自根の古木が残る地域がある |
チリについては、この条件が産地の性格そのものに関わっています。 自根のまま、100年を超える古木が残っている畑があります。チリのワインの成り立ちについてはチリワインを扱った記事に詳しくまとめています。
ここで、ひとつ慎重に書いておきたいことがあります。
自根のワインは味が違うのか。 この問いに、確定した答えはありません。根を通って吸い上げるものが違うのだから味も違うはずだ、という見解があります。一方で、同じ畑の同じ品種で自根と接ぎ木を並べて比べることは現実にはほとんど不可能なため、差を実証する条件が揃わない、という指摘もあります。
比べる条件が作れない問いには、断定しないほうが誠実だと私は考えています。 ただし、自根の畑が残っているという事実そのものは、その土地の条件を物語っています。そこを面白がる余地は、十分にあります。
ワインの歴史のなかで
フィロキセラの位置づけを、ワインの歴史全体のなかで見ておきます。
| 時代 | 起きたこと |
|---|---|
| 古代(ローマ時代まで) | 地中海の東側で始まったぶどう栽培が、ローマによって西へ広がる。いまのフランス、スペイン、ドイツの産地の原型ができる |
| 中世 | 修道院がぶどう栽培と醸造を担い、畑の区画ごとの違いを記録として積み上げる。畑単位でワインを考える土台ができる |
| 19世紀後半 | フィロキセラにより、ヨーロッパの畑の多くが失われる。接ぎ木による再建が進む |
| 20世紀 | 産地と品種を法で定める制度が整う。栽培と醸造の技術が科学的に整理される |
| 現代 | 新しい産地が世界各地に広がる。気候の変化への対応が課題になる |
この年表のなかで、19世紀後半だけが「失ったこと」の記述になっています。
ほかの時代は、広がった、積み上げた、整えた、という方向の出来事です。フィロキセラだけが、いったん失って、作り直した出来事です。
そして興味深いのは、作り直した結果が、いまの標準になっているところです。災害からの復旧ではなく、復旧の方法がそのまま新しい前提になりました。接ぎ木は、いまでは異常な措置ではなく、ぶどう栽培の普通の手順です。
会で飲むなら、自根と接ぎ木を並べる
ここから先は、飲み方の話です。
フィロキセラの話は、グラスの前では見えません。 ラベルに書かれていることもほとんどありません。だからこそ、知識として持っておくと、同じ一杯の見え方が変わる種類の話だと思います。
たとえば、チリの古木のワインを飲むとき。その木が自分の根で立っていることを知っていると、その産地が地理的に隔離されていたという条件まで、一杯の背景として立ち上がってきます。 味が変わるわけではありません。見え方が変わります。
Na Team Labでは、毎月テーマを立ててワイン会を企画しています。1回あたり6〜15本を並べ、飲み比べができて、かつワインの知識にもつながるセレクトを基本方針にしています。
自根の畑のワインと、接ぎ木の畑のワインを並べる。 こういう並びも、組み立てとしては可能です。前述のとおり、味の差を実証できる条件ではありませんから、答えを出すための並びではなく、問いを持つための並びになります。それでも、同じ品種を違う条件で続けて飲むことには意味があります。別の日に一本ずつ飲んでいては、記憶の中で比べることになり、輪郭がぼやけてしまいます。
まとめ
フィロキセラは、ワインの歴史のなかで唯一、いったん失って作り直した出来事です。
- フィロキセラは、ぶどうの根に寄生するアブラムシの仲間で、原産地は北アメリカです
- 地中で進むため発見が遅れ、原因が特定されるまでに時間がかかりました
- ヨーロッパ系のぶどうは根に耐性を持たず、19世紀後半に多くの畑が失われました
- アメリカ系の種は耐性を持っていたため、その根を台木として接ぎ木する方法が解決策になりました
- 地下はアメリカ系、地上はヨーロッパ系。この組み合わせが、いまの世界の標準です
- 台木は、土壌への適応や樹勢の調整という役割も担うようになりました
- チリ、砂地の畑、火山灰の土壌の島、オーストラリアの一部には、自根の畑が残ります
- 自根と接ぎ木で味が違うかどうかは、比べる条件が作れないため断定できません
- 薬剤による根絶の方法は、いまも確立していません
次にワインを開けるとき、その木の根のことを一度思い浮かべてみてください。 地上と地下で別のぶどうである可能性が高い、という事実だけで、一杯の奥行きが変わります。
よくある質問
フィロキセラは日本にもいますか?
日本にも侵入しており、国内のぶどう栽培でも接ぎ木苗を使うことが一般的です。生食用のぶどうも同じで、台木に接いだ苗が流通しています。日本の産地の全体像については日本ワインの産地を扱った記事にまとめています。
自根のワインは味が違いますか?
確定した答えはありません。根の構造が違えば吸い上げるものも違うはずだという見解がある一方、同じ畑の同じ品種で自根と接ぎ木を並べて比べる条件が現実には作れないため、差を実証できないという指摘もあります。自根の古木は樹齢が高いことが多く、樹齢の影響と区別しにくいという事情もあります。
ワインエキスパートの試験では、どこを覚えておけばよいですか?
「北米原産の害虫」「19世紀後半にヨーロッパの畑が壊滅」「アメリカ系の台木に接ぎ木して解決」の3点を軸に押さえると、自根が残る産地(チリ、砂地の畑など)が自然に結びつきます。栽培の歴史は産地の成り立ちと一緒に覚えると定着しやすいところです。試験の全体像はワインエキスパート試験をまとめた記事に整理しています。
一杯の違いを、料理とともに確かめる。
少人数のワイン会で、グラス、温度、料理との関係を実際に比べます。

