ラベルの隅に「シュール・リー」と書かれていた。フランス語だろうとは思うけれど、品種名でも産地名でもない。買って帰って飲んでみると、思っていたより味に厚みがあった。けれども、あの言葉と味の厚みがつながっているのかどうかは分からない。そういう経験をされた方は、少なくないと思います。
シュール・リーは、品種でも産地でもなく、製法の名前です。 フランス語で「澱の上で」という意味です。そして、この一語がラベルにあるかどうかで、ワインの味は確かに変わります。
おもしろいのは、この製法が「捨てるはずのものを残す」という発想でできているところです。通常は取り除く沈殿物を、あえて残して一緒に寝かせる。それがうまみに変わります。
結論:シュール・リーは、発酵を終えたワインを澱引きせず、澱と一緒に数か月寝かせる製法です。 澱とは、役目を終えた酵母などが沈んだ沈殿物のこと。この澱が分解される過程でアミノ酸が溶け出し、ワインにうまみと厚みが加わります。 香りの穏やかな品種に向く製法で、フランス・ロワールのミュスカデと、日本の甲州が代表です。 かすかな発泡や、パンのような香りが出ることがあります。牡蠣や白身魚、寿司など、うまみのある魚介とよく合います。
あわせて、ワインの種類を造り方から知るとラベルから産地を読むもご覧ください。
シュール・リーとは 澱の上で寝かせるという製法
シュール・リー(sur lie)は、フランス語で「澱の上で」を意味します。発酵を終えたワインを、タンクの底に沈んだ澱から分離せず、そのまま澱と接触させた状態で数か月寝かせる製法です。
通常のワイン造りでは、発酵が終わったあと「澱引き」を行います。上澄みを別の容器に移し、沈殿物を残して分ける作業です。澱を残したままにすると濁りや望まない香りの原因になりますので、取り除くのが基本の手順になります。
シュール・リーは、その基本の手順を意図的に行わない選択です。冬のあいだ、低い温度のなかで澱の上に置いておく。春になって瓶詰めする。それだけの話に見えますが、この数か月のあいだにワインの中で起きていることが、味を変えます。
澱とは何か 役目を終えた酵母の沈殿物

先に、澱の正体をはっきりさせておきます。ここを飛ばすと、以降の説明がすべて曖昧になります。
澱(おり)とは、発酵を終えたワインのタンクの底に沈む沈殿物のことです。 主な中身は、役目を終えた酵母の細胞です。ほかに、ぶどうの果肉や果皮の微細な残り、酒石の結晶などが混ざります。
酵母は、糖をアルコールに変える働きをする微生物です。糖がなくなれば、働きは終わります。そして役目を終えた酵母は死に、重さで底へ沈みます。つまり澱とは、発酵という仕事を終えた酵母の、その後の姿です。
ここで大切なのは、澱が「ごみ」ではないということです。酵母の細胞には、たんぱく質やアミノ酸、多糖類が含まれています。取り除けば透明なワインが得られますが、同時にそれらの成分も一緒に出ていきます。
残すか、取り除くか。その選択が、ワインの味の方向を決めます。
うまみと厚みが出る仕組み
では、澱を残すと何が起きるのか。三つのことが起きます。
ひとつめは、うまみの生成です。澱に含まれる酵母の細胞は、時間が経つと自らの酵素で分解されていきます。この過程を自己分解と呼びます。分解が進むと、細胞の中にあったたんぱく質がアミノ酸に分かれ、ワインの液体のなかへ溶け出していきます。
アミノ酸は、うまみのもとになる成分です。日本の食卓で言えば、昆布や鰹節のうまみと同じ方向の成分だと考えてよいと思います。澱から溶け出したアミノ酸が、ワインに「出汁のような」厚みを足していく。 これがシュール・リーの中心にある働きです。
ふたつめは、口当たりの変化です。酵母の細胞壁からは多糖類も溶け出します。これが液体にとろみに近い感触を与え、口に含んだときの触感がまろやかになります。酸の鋭さが和らいだように感じられるのは、酸の量が減ったからではなく、触感が変わったからです。
みっつめは、鮮度が保たれやすくなることです。澱の成分は酸素と結びつきやすく、ワインそのものの酸化を結果的に遅らせる働きをします。果実の香りが長く残りやすくなります。
そして、かすかな発泡が残ることがあります。 瓶詰めの時点でわずかな炭酸ガスが溶け残っていると、注いだときにごく細かい泡が立ちます。これは欠陥ではなく、この製法の副産物です。グラスの縁に小さな気泡がついていたら、それは澱の上で過ごした時間の痕跡だと見てよいと思います。
バトナージュ・澱引きとの違い
澱をめぐる用語は三つあり、混同されやすいところです。表で分けます。
| 用語 | 何をするか | 目的 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 澱引き(デブルバージュ/ラッキング) | 上澄みを別の容器に移し、澱を分離する | 清澄さを得る、望まない香りを避ける | 透明になる。澱由来の成分は失われる |
| シュール・リー | 澱引きをせず、澱の上に置いたまま寝かせる | うまみと厚みを足す、鮮度を保つ | 味に厚みが出る。かすかな発泡が残ることがある |
| バトナージュ | 澱を棒などで撹拌し、液体中に舞い上げる | 澱との接触をさらに強める | 厚みと香りがより強く出る。樽と併用されることが多い |
シュール・リーとバトナージュは、程度の違いです。 置いておくだけか、かき混ぜてより強く接触させるか。バトナージュを行うとうまみも口当たりの厚みもさらに増しますが、そのぶん果実の香りの軽やかさは後退します。
一方、シュール・リーは「足しすぎない」選択です。香りが穏やかな品種の輪郭を消さずに、うまみだけを静かに足す。そこが、この製法が選ばれる理由につながります。
ミュスカデと甲州 この製法が選ばれる二つの産地
シュール・リーで知られる産地は、大きく二つあります。
ひとつは、フランス・ロワール川の河口域です。大西洋に面した地域で、ムロン・ド・ブルゴーニュという品種から造られる白ワインが、ミュスカデの名で知られています。香りは穏やかで、酸はしっかりしていて、色は淡い。そのままでは軽く仕上がりやすい性格を持っています。
この地域では、冬のあいだ澱の上に置いてから瓶詰めする方法が広く使われてきました。海に近い産地で、牡蠣や甲殻類と合わせる食文化とともに育った製法です。
もうひとつが、日本の甲州です。
甲州は、香りが穏やかで、軽やかで飲みやすい品種です。日本の食卓に合う白として評価されていますが、ミュスカデと同じ悩みを持っています。そのまま造ると、軽く仕上がりやすい。
ですから、ここでも同じ解が選ばれました。澱の上で寝かせて、うまみと厚みを足す。地球の離れた二点で、同じ性格の品種に、同じ答えが出されている。 製法の必然性が、これほどはっきり見える例は多くありません。
| 産地 | 品種 | 性格 | 製法が選ばれる理由 |
|---|---|---|---|
| フランス・ロワール河口域(ミュスカデ) | ムロン・ド・ブルゴーニュ | 香りは穏やか、酸は高め、色は淡い | そのままでは軽い。厚みを足し、魚介に合わせる |
| 日本・山梨(甲州) | 甲州 | 香りは穏やか、軽やかで飲みやすい | そのままでは軽い。厚みを足し、和食に合わせる |
ラベルでの見分け方
実用の話をします。棚の前で、どう見分けるか。
日本の甲州では、「シュール・リー」とそのまま表記されることが多くあります。 片仮名で書かれている場合もあり、ラベルの表面か裏面の説明文に入っています。造り手が売りにしている要素ですので、隠れていることは少ないと思います。
フランスのミュスカデでは、フランス語で「sur lie」と記されます。 産地名のあとに小さく添えられていることが多く、見落としやすい位置です。
見分けるときの手がかりは、表記のほかにもあります。
- グラスに注いだときに、ごく細かい気泡が縁についている
- 淡い色なのに、口に含むと厚みがある
- パン生地やイーストを思わせる香りが、果実の香りの後ろにある
シュール・リーに合う料理
この製法のワインは、合わせどころがはっきりしています。うまみに、うまみを合わせる。それだけです。
| 合わせる料理 | 理由 |
|---|---|
| 生牡蠣、ホタテ | 海のミネラル感と塩気に、澱のうまみが同調する。ミュスカデの土地の定番 |
| 寿司、刺身 | 白身魚の淡いうまみと、澱由来のアミノ酸が同じ方向を向く |
| 白身魚のカルパッチョ | 柑橘と塩の軽い味付けに、ワインの厚みがちょうど釣り合う |
| 天ぷら、揚げた白身魚 | 衣の油を酸が切り、うまみが衣の香ばしさを受ける |
| 出汁を使った和食 | 昆布や鰹のうまみと、澱のうまみが重なる |
避けたほうがよい組み合わせも、はっきりしています。
バター感の強い魚料理には合いません。ソースの乳脂肪が、ワインの穏やかなうまみを覆ってしまいます。肉料理も同じで、ワインの良さが消えます。甲州で現場の判断を積み重ねてきて、ここは明確です。
軽めの料理に合わせること。 これが、この系統のワインを扱うときの一本の線です。料理からワインを選ぶ考え方は食材別のペアリングを扱った記事にまとめています。
甲州を何種類も並べた夜のこと
ここから先は、私自身の現場の話をします。
Na Team Labでは、山梨のワイナリーとのメーカーズディナーやランチを頻繁に行っています。これまでに、マルスワイナリーとルミエールのワインでペアリングを構成してきました。いずれも甲州を含んだ構成です。
メーカーズディナーでは、甲州が何種類も並びます。同じ品種が、造りの違いだけで何杯も続く。こういう並びは、普段の食事では起こりません。
そこで私が取った設計は、前菜から軽めの魚料理までで受けるというものでした。カルパッチョのような、柑橘と塩で仕立てた皿を軸に置きました。甲州の軽やかさを消さず、かつワインの厚みの違いが皿の上で見えるようにする。この二つを同時に満たす位置が、そこでした。
同じ品種を何種類も並べると、製法の差が立ち上がってきます。 澱の上で時間を過ごしたものは、口に含んだときに広がり方が違います。一本だけ飲んでいては、その違いが「この銘柄の個性」に見えてしまいます。並べたときに初めて、動いた要素が製法のほうだと分かります。
逆に、やってはいけない組み合わせも、現場で確かめてきました。バター感の強い魚料理と甲州を合わせると、甲州の良さが消えます。肉料理も同じです。良さが消える、という言い方しかできないほど、はっきり分かります。
Na Team Labでは、毎月テーマを立ててワイン会を企画しています。1回あたり6〜15本を並べ、飲み比べができて、かつワインの知識にもつながるセレクトを基本方針にしています。
シュール・リーの甲州と、そうでない甲州を並べる。 この一組は、製法が味をどう動かすかを確かめるのに、とても分かりやすい並びです。品種も産地も同じで、違うのは澱の上で過ごした時間だけ。別の日に一本ずつ飲んでいては、記憶の中で比べることになり、輪郭がぼやけてしまいます。
まとめ
シュール・リーは、取り除くはずのものを残す製法です。
- シュール・リーはフランス語で「澱の上で」。澱引きをせず、澱と一緒に数か月寝かせる製法です
- 澱とは、役目を終えた酵母を主とする沈殿物です
- 澱が自己分解する過程でアミノ酸が溶け出し、うまみと厚みが生まれます
- 多糖類も溶け出し、口当たりがまろやかになります
- かすかな発泡や、パン生地を思わせる香りが残ることがあります
- バトナージュは澱を撹拌してさらに接触を強める手法で、程度の違いです
- 代表産地はフランス・ロワール河口域のミュスカデと、日本の甲州です
- 牡蠣・寿司・白身魚・天ぷらなど、うまみのある軽めの魚介に合います
- バター感の強い魚料理や肉料理に合わせると、持ち味が消えます
次に日本ワインの棚の前に立ったときは、甲州のラベルに「シュール・リー」の表記があるかどうかを見てみてください。その一語が、その夜の皿の選び方を変えます。
よくある質問
ワインの澱は飲んでも大丈夫ですか?
体に害のあるものではありません。澱の主な中身は役目を終えた酵母やぶどうの微細な残りですので、口に入っても問題はありません。ただし舌にざらつきが残り、味わいの邪魔になります。瓶の底に澱が見えるときは、注ぐ最後の一口分を残すとすっきり飲めます。
赤ワインでもシュール・リーは使われますか?
製法としては白ワインで使われるのが一般的です。赤ワインは果皮や種と一緒に発酵させる過程で渋みと厚みがすでに備わるため、澱から厚みを足す必要が薄いからです。澱との接触を利用した熟成は赤でも行われますが、その場合「シュール・リー」という名称で売られることはほとんどありません。
ワインエキスパートの試験では、どこを覚えておけばよいですか?
「澱の自己分解でアミノ酸が溶け出し、うまみと厚みが出る」という仕組みを押さえると、代表産地が自然に結びつきます。そのうえで、ロワール河口域のミュスカデと日本の甲州という二つの産地、そしてバトナージュとの程度の違いを整理しておくとよいと思います。試験の全体像はワインエキスパート試験をまとめた記事に整理しています。
一杯の違いを、料理とともに確かめる。
少人数のワイン会で、グラス、温度、料理との関係を実際に比べます。

