料理に時間がかかる、というご相談をよくいただきます。
話をうかがっていくと、手が遅いという方はほとんどいません。起きているのは別のことです。火をつけてから、次に何をするかを考えているのです。
玉ねぎを炒めながら、次に入れる調味料を探す。肉を焼きながら、付け合わせを切り始める。鍋の前で立ち止まる時間が、少しずつ積み上がっていきます。そして作り終えたとき、台所にはすべての道具が出ている。
私は出張料理人として、はじめて入る他人の台所でコース料理をお出ししています。設備も、鍋の大きさも、まな板の枚数も、毎回違う。それでも組み立てが崩れないのは、腕が速いからではありません。火をつける前に、段取りが終わっているからです。この記事では、その考え方を家庭の台所に翻訳して書きます。
結論:料理の段取りをよくするには、火をつける前に手順を確認し、加熱中に慌てないための切る・量る・合わせるを先に済ませてください。 プロの厨房では、この準備をミザンプラスと呼びます。私たちが出張料理で、はじめて入る台所でもコースをお出しできるのは、到着してすぐに仕込みを展開しているからです。 並べ終えたら、加熱時間のいちばん長い料理から火にかけ、待ち時間に次の下ごしらえと洗い物を進めます。 順番を決める軸は、加熱時間と水分の二つです。この二つで決めると、同時に何品か進めても慌てなくなります。
段取りが崩れるのは、火をつけてから考えているからです
段取りが崩れる場面を並べてみると、原因は三つに分かれます。
| 原因 | 台所で起きていること | 変えるところ |
|---|---|---|
| 工程が多い | 献立を決めて買い物に行くまでで、すでに疲れている | 品数と道具を減らし、決める作業を人と分ける |
| 準備が途中 | 火にかけてから切る、量る、探すをしている | 火をつける前に並べ終える |
| 順番が逆 | 焼きたいのに煮えてしまう、できあがる時刻がそろわない | 加熱時間と水分で順番を決める |
いちばん重いのは、ひとつめです。献立を決める、買い物に行く。この二工程は、料理そのものに入る前にありながら、消耗がいちばん大きいところです。ここで力を使い切ってしまうと、台所に立った時点で残りが少ない。
ふたつめとみっつめは、台所の中の話です。そしてこの二つは、やることがはっきり決まっています。ひとつは準備を前に出すこと、もうひとつは順番の決め方を持つこと。以下、順に書きます。
品数と道具を減らす話は、料理がめんどくさいと感じるときの記事にまとめました。段取り以外のつまずき方との切り分けは、料理の苦手を四つに分けた記事をご覧ください。
火をつける前に終わらせる ― ミザンプラスという考え方

プロの厨房には、ミザンプラスという言葉があります。フランス語で「あるべき場所に置く」という意味の、仕込みの準備を指す言葉です。
切る、量る、合わせる、器を出す。火を入れる前にできることを、すべて先に済ませて手の届く位置に並べておく。営業が始まったら、あとは組み立てるだけの状態にしておく、という考え方です。
特別な技術ではありません。順番を入れ替えるだけの話です。
私たちは、一時間前に着きます
出張料理でうかがうとき、私たちは開始時間の一時間前くらいに現場に入ります。
着いてからすることは三つです。ご挨拶。キッチンと設備の確認。そして仕込みの展開です。この三つめが、ミザンプラスにあたります。
設備の確認を先にするのは、持ち込むものを決めるためではありません。その台所で、どの順番なら流れるかを決めるためです。コンロが二口なのか一口なのか、シンクがどれくらいの広さなのか。そこで組み立てが変わります。
そのあとお出しするコースは、二時間から三時間ほどです。固定の進行表で機械的に流すのではなく、会話が盛り上がっていれば間を置き、テンポが良ければ次の皿を出す。当日その場で判断する余白を持っておけるのは、仕込みが終わっているからです。準備が残っていると、その余白がなくなります。
当日の運用の実際は出張料理の一日について書いた記事にまとめました。
作る前に確認する五つのこと
所要時間は料理と量によって変わります。火をつける前に、次の五つを確認してください。
- 今日作るものを決め、加熱時間がいちばん長いものを確かめる
- 使う食材をすべて出し、切る、量るを終える
- 合わせ調味料は、器に合わせておく
- 使う鍋とフライパン、器を出しておく
- まな板を使う順番を決める(この理由は後述します)
並べ終えたら、あとは火にかけるだけです。手が止まる場面がなくなるので、同じ料理でも終わる時刻が変わります。
もうひとつ、温度管理も段取りに含めてください。生肉や魚などの傷みやすい食材は、使う直前まで冷蔵庫に置きます。 必要な量と取り出す順番を決めることが準備であり、全部を常温に並べておく必要はありません。
順番は、加熱時間と水分で決まります
並べ終えたら、次は火を入れる順番です。ここには二つの軸があります。加熱時間と、水分です。
時間のかかるものから火にかける
品数が多い日は、できあがる時刻をそろえる必要があります。そろえ方は一つです。加熱時間のいちばん長いものから火にかけ、そこから逆算して次を入れていく。
煮込みやオーブンに入れるものが最初です。そのあいだに、火を使わない料理を仕上げる。最後に、短時間で仕上がる炒めものや、焼いてすぐ出すものを入れる。
待ち時間は、休む時間ではありません。次の下ごしらえと、洗い物をする時間です。鍋が火にかかっているあいだに洗い物を片づけておくと、作り終えたときの台所がまったく違います。
ただ、何分という時間割を書くことはおすすめしません。火加減も鍋も食材も毎回違うので、時刻で管理すると、ずれた瞬間に組み立てが崩れます。時間ではなく順番で持っておくほうが、崩れにくいのです。
炒めているつもりで、煮ている
もうひとつの軸が水分です。ご家庭でいちばん多い失敗は、ここで起きています。
焼き目をしっかりつけたいのに、焼き目をつける段階で水分量の多い食材を一緒に入れてしまう。すると鍋の中が煮込み料理のようになって、焼き色がつきません。炒めているつもりで、煮ているという状態です。
起きていることは二つです。水分量の多い食材から水分が出ている。もうひとつは、出た水分を十分に蒸発させられていないということ。中華料理店の野菜炒めで水分が出ないのは、極力高い火力で調理できるからです。家庭のコンロでは、どうしても水分量が多くなります。
家庭で火力は上げられません。ですから、別の二つで対応します。
- 火入れの時間を極力短くする
- 火を入れていく食材の順番を適切にする
つまり、水分の問題は最終的に順番で解きます。水分の少ないものから入れて、焼き色をつけたいものは先に、水分の出るものは後に。ここが決まると、同じ食材で仕上がりが変わります。
香りの出る食材を低温の油で先に火入れすると、香りが油に移って全体に行き渡ります。順番は、失敗を避けるためだけのものではありません。味を設計する手段でもあります。この考え方は料理の基礎を五つに整理した記事に詳しく書きました。
まな板が一枚しかない台所では、順番で守ります
段取りには、もうひとつ守るものがあります。衛生です。
家庭向けの説明では「まな板を使い分けましょう」と書かれています。けれどこれは、まな板が何枚もあることを前提にした話です。他人の台所には、一枚しかないことがあります。
そのとき私たちがしているのは、道具を増やすことではなく、順番で交差汚染を断つことです。
1. 野菜など、生でも食べられるものの下処理
2. 生で食べられる魚介類
3. 火入れをする魚介類
4. 肉
できれば、生肉・魚用とそのまま食べる食材用で、まな板や包丁を分けます。共用する場合は、各段階で洗剤を使って十分に洗い、材質に適した加熱や消毒を行います。汚れた面や濡れた面にアルコールをかけるだけでは不十分です。生肉・魚を扱った手も洗ってから次の作業へ移ってください。
この順番は、段取りとしても効いています。先に野菜を終えておけば、肉に触れたあとで野菜に戻る場面がなくなる。衛生のための順番と、段取りのための順番が、同じ方向を向いているのです。
他人の台所での衛生管理は食中毒予防の三原則について書いた記事にまとめました。
なお、私たちは出張料理で、片付けまでをひとつの工程として設計しています。シンク、コンロ、排水口まですべて片づけて帰ります。段取りは、作り終わったところで終わりではありません。片付けまでを含めて組むものです。
段取りは、手元を見てもらうと早い
ここまで読んでいただければ、やることは決まっています。火をつける前に並べ終える。加熱時間と水分で順番を決める。それだけです。
ただ、並べ方そのものは、言葉で読むより見たほうが速く入ります。何をどこに置いているか、どの器に合わせているか。そこは手元の話なので、文字にすると長くなるのです。
Na Team Lab の料理教室は、デモンストレーション型です。私が3品を実演し、参加される方は見て、味わっていただきます。包丁は握りません。手が空くので、グラスを持ったまま見ていられます。
3品を並行して進めるので、何をどの順番で火にかけているかが、そのまま見えます。スーパーで手に入る食材と家庭のIHを基本に、季節の特別な食材を使う回もあります。
各回8名、1回6,000〜12,000円(税込・ドリンク込み)、入会金なしの1回完結です。基本は12時から約2時間。開催日時・テーマ・料金は回ごとに予約ページでご確認ください。スーパーで手に入る食材と家庭のIHを基本に、季節の特別な食材を使う回もあります。
開催日程とお申し込みは料理教室のページにございます。ご質問やご相談は公式LINEでも承っております。
まとめ
料理の段取りは、火をつけたあとの手際ではありません。火をつける前に、ほとんど決まっています。
- 段取りの本体は、火をつける前です。切る・量る・合わせるを先に済ませて並べておきます
- プロの厨房ではこれをミザンプラスと呼びます。私たちも出張先では、まず仕込みを展開します
- 順番は、加熱時間の長いものから。待ち時間に次の下ごしらえと洗い物を進めます
- 炒めているつもりで煮ているときは、順番の問題です。家庭では火入れを短く、順番を適切に
- まな板が一枚なら、野菜から肉へ。衛生のための順番が、段取りの順番にもなります
献立と買い物がいちばん重い工程です。そこはひとりで抱えず、食べる方と分けてしまってください。台所に立つ前の消耗が減ると、段取りを考える余力が残ります。
よくある質問
献立が決まりません。どう組めばいいですか?
献立と買い物は、工程のなかでいちばん重いところです。ひとりで決めきろうとせず、食べる方に「これを食べたい」と言ってもらうところから始めてみてください。決める作業そのものを人と分けると軽くなります。
キッチンが狭くても、段取りはよくなりますか?
広さよりも、並べ終えているかどうかで決まります。私たちが出張でうかがう台所にも、IHが一口だけという現場は少なくありません。それでもコースをお出しできるのは、火にかける前に準備を終えているからです。狭さは順番の設計で埋められます。
料理に時間がかかるのは、段取りが悪いからですか?
作っている時間よりも、献立を決めて買い物に行くまでの工程に時間を取られている場合が多いです。まずは品数と使う道具を減らして、フライパン一つで終わる料理から組み直してみてください。
理由まで持ち帰れる、八席の料理教室。
恵比寿の厨房で、塩と火入れを実演と一皿から学べます。

