「行きつけの店はありますか」と聞かれて、言葉に詰まったことはないでしょうか。嫌いな店があるわけではない。おいしい店もいくつか知っている。それでも、胸を張って「行きつけ」と呼べる店が、ひとつもない。
行きつけの店が持てないのは、店を探すのが下手だからではありません。 通い方の順番を、まだ知らないだけです。
この記事では、行きつけの店の作り方を、店の側から書きます。何回目で顔を覚えられるのか、最初の3回をどう通うのか、行きつけにしやすい店はどこが違うのか。恵比寿で一日ひと組・八席の店を営み、毎月ワイン会を開いている側から見えている順番でお話しします。
結論:行きつけの店は、店選びのうまさではなく、通い方で決まります。 大切なのは、間隔を空けずに続けて行くことです。3回くらい通うと顔なじみになってくる方がいます。 同じ時間に、同じ席で、似た注文をする。その反復が、店の側に「あの方」という記憶をつくります。 高い店である必要はありません。続けられる額の店を選ぶほうが、行きつけには近づきます。 もう一つの道もあります。店ではなく「毎月の会」に通うと、店と同時に、いつもの顔ぶれまで手に入ります。
あわせて、ワイングラスを形から選ぶとワインペアリングの組み立て方もご覧ください。
行きつけの店は、店選びより「通い方」で決まる
行きつけの店を探している方の多くは、「どの店を選ぶか」から考えはじめます。食べ歩き、評価を見比べ、雰囲気のいい一軒を探す。
けれども、店の側から見える景色は少し違います。行きつけになるかどうかを決めているのは、店の良し悪しよりも、その方が戻ってきてくださるかどうかです。
考えてみれば当たり前のことです。どれほど好きな一軒でも、一度しか行かなければ、店にとっては一度きりのお客様です。逆に、驚きのない普通の店でも、三度四度と足を運べば、店の側に顔が残ります。
行きつけとは、店の属性ではありません。反復によって、あとから生まれてくる関係です。だから「いい店を探す」という入口からだと、いつまでもたどり着きません。探す対象を、店から通い方に変える必要があります。
3回目に、何かが変わる

では、何回通えばよいのでしょうか。
「3回くらい」という実感
私の実感でお伝えすると、3回くらい通うと顔なじみになってくる方がいます。
もちろん、人によります。2回目で言葉が増える方もいれば、5回目でもまだ静かな方もいます。ただ、「このお客様はまた来てくださる方だ」とこちらが受け取りはじめる地点が、だいたい3回目のあたりにあるのです。
1回目は、店にとっては偶然です。2回目に、「気に入ってくださったのかもしれない」という推測が生まれます。そして3回目に、推測が確信に変わります。顔と、頼まれたもの、座られた席が、ひとつの記憶として結びつく。そこから先は、こちらが先に動けるようになります。
ですから、行きつけを作ろうとするときに、いちばん効くのは3回目に行くことです。1回目と2回目のあいだで止まってしまう方が、いちばん多いところだと感じています。
一日ひと組の店で起きること
ここから先は、一日ひと組という特殊な形の店の話になります。普通の店とは条件が違うので、割り引いて読んでいただきたいのですが、通うことの意味がはっきり見える例として書きます。
Na Team Lab のレストランは、恵比寿一丁目にあります。一日ひと組・八席の完全貸切で、6〜8名さまでお使いいただく形です。次の予約が入っていないので、一般的な店のような時間の区切りがありません。19時開始が多いのですが、18時でも20時でも、ご都合に合わせて動かせます。
一日ひと組には、副作用があります。その一組のためだけに、細かな調整ができてしまうのです。BGMを変えることもできます。前に来てくださったときに召し上がったもの、残されたもの、話していたことが、次の一夜の設計に入ってきます。
つまり、通っていただくほど、こちらの手が込んでいきます。これは私の店が特別に親切だという話ではなく、一日ひと組という形がそうさせているだけのことです。形式が、関係の深まり方を決めている。行きつけになりやすい店があるとすれば、その違いは親切さではなく、こうした構造のほうにあります。
最初の3回の、通い方
3回目が分かれ目だとすると、その3回をどう通うかが問題になります。店の側から見て、記憶に残りやすい通い方には、いくつか共通点があります。
- 間隔を空けない。3か月空くと、1回目に戻ります。2〜4週間のうちに次を入れる
- 同じ時間帯に行く。同じ時間には、同じ人が働いています。会う相手が毎回変われば、記憶は分散します
- 同じ席に座る。席は、覚えられ方の単位です。「カウンターの端の方」として記憶されます
- 注文を大きく変えない。毎回まったく違うものを頼むと、好みの輪郭が見えません
- 帰るときに一言だけ残す。「また来ます」で十分です。長い感想は要りません
どれも地味です。けれども、この5つが揃っていると、3回で顔なじみに近づきます。逆に、好きな店が10軒あって月に1回ずつ行っている方は、どの店でも1回目のお客様のままです。
行きつけを作るときは、店の数を減らすほうが早い。 これが、いちばん申し上げたいことです。
行きつけにしやすい店、しにくい店
同じように通っても、行きつけになりやすい店と、なりにくい店があります。店の側の事情から見ると、理由はわりとはっきりしています。
| 行きつけにしやすい店 | しにくい店 | |
|---|---|---|
| 席数 | 少ない。顔が覚えられる | 多い。毎回ちがう担当になる |
| 時間 | 区切りがゆるい | 次の予約が入っていて延長できない |
| 働く人 | 入れ替わりが少ない | 入れ替わりが多い |
| 価格 | 自分が月に一度払える額 | 年に一度の覚悟が必要な額 |
誤解のないように書いておきますが、席数が多い店や価格が高い店が劣っているという話ではありません。 目的が違うだけです。記念日に一度だけ行く店と、月に一度戻る店は、別の役割を持っています。
ひとつだけ、店側の事情を明かしておきます。一般的なレストランでは、次の予約が入っているために、延長ができません。これは店が冷たいのではなく、席を回さなければ成り立たない構造だからです。同じ理由で、BGMを変えることも、他のお客様がいる場では難しくなります。装飾を断る店があるのも、ごみの処理や、雰囲気が変わってしまうことへの配慮からです。店によって対応は異なりますが、こうした傾向はあります。
ですから、融通が利かない店に当たったときは、店を責めるより、自分が通いたい関係に合った形の店を選び直すほうが早いのです。
価格についても、ひとつ。恵比寿の店舗は一日一組・最大8席の貸切です。4〜5名様のペアリング付きはお一人25,000円、6〜8名様は料理のみ15,000円、ペアリング付き22,000円(いずれも税込)。4〜5名様のペアリング付き以外で6名未満の場合は6名分の料金です。ワインの持ち込み料はいただいておらず、本数の制限もありません。席料やチャージ料、貸切料を別にいただくこともありません。ワインペアリングをお付けする場合はお一人22,000円です。
こう書くと高く感じられるかもしれませんが、行きつけにするなら、自分が続けられる額の店を選ぶほうが正しいと考えています。年に一度の店は、年に一度の役割を果たします。行きつけは、別の場所に作ればよいのです。
常連になってからの、ゆるい作法
顔なじみになると、今度は別の心配が出てきます。「常連として、ふるまい方があるのではないか」という不安です。
これについては、店の側からはっきり申し上げられます。求めていない注意はしない、という姿勢の店は少なくありません。 私自身、お客様のグラスの持ち方を見て、こちらから指摘することはありません。作法を聞かれたときに、こうするとよいですよとお伝えするだけです。作法は、押し付けるものではなく、求められたときに渡すものだと考えています。
ですから、常連になってからの作法は、驚くほど少ないものです。
- 黙って飲み、黙って帰ってもよい。言葉の少ない常連は、少しも珍しくありません
- 毎回ちがう人を連れてこなくてよい。一人で来る常連が、いちばん多い形です
- キャンセルの連絡だけは早めに。席が少ない店では、ここだけが実務的に効きます
- 他のお客様の話を聞き出さない。店は、聞いた話を外に出しません。同じ線を守る
ひとつ、実務的なことを添えておきます。席数の少ない店は、直近1か月の予約が埋まりやすいものです。Na Team Lab でも、特定の日の空きを尋ねるご相談と、企画内容と候補日を伝えるご相談の両方を受け付けています。行きつけにしたい店ができたら、帰るときに次の予約を入れてしまうのがいちばん確実です。
「店」ではなく「会」に通う ― もう一つの行きつけ
ここまでは、店に通う話をしてきました。最後に、もう一つの作り方をお伝えします。店ではなく、会に通うという方法です。
Na Team Lab では、毎月テーマを立ててワイン会を開いています。形式は2つあります。コース料理とともに6杯を合わせる会と、10〜15本を並べて立食で楽しむ会です。しっかり料理を召し上がりたい方にはコース、交流も楽しみたい方には立食をおすすめしています。開催は19時から21時半が多く、土日も平日もあります。
この会に通うという選択には、店に通うのとは違う性質があります。同じ場に戻ると、店の側だけでなく、他の参加者とも顔なじみになるのです。店に通うと、増える関係はひとつです。会に通うと、卓を囲んだ人数ぶん増えます。
これまでの会では、7割近くの方がお一人で参加されています。参加者は30〜40代が多く、60代の方もいて年齢の幅は広く、男女比はおよそ1対1です。経営者の方と会社員の方が、おおよそ半々という構成です。会の最初に自己紹介の時間を設けているので、初めての方でも言葉を交わしやすい形になっています。
会の外へ、関係が広がっていく
自己紹介の時間を設けているのには、理由があります。「一人で来ても楽しめた」という感覚があると、緊張がほどけるからです。緊張がほどけた方同士は、放っておいても話しはじめます。
そして実際に、関係が会の外へ広がっています。参加者同士が会の外で会っていたり、一緒にワインを飲みに行っていたり、一緒に仕事をしていたりします。
ここは誤解のないように書いておきたいところです。会の中に営業を持ち込むことは、認めていません。 それでも、通ううちに結果として仕事が生まれることは起きている。順序はこちらです。「仕事につながる会」として来ていただく場ではありません。
ドレスコードは設けていません。少し綺麗目な装いの方が多いのですが、そこまで気にせず、気軽にお越しいただければと思っています。会費は1回15,000円から30,000円です。一般的なワイン会の相場より上に位置しますが、その分を料理とワインの質で返す、という考え方で組んでいます。安い会に2回行くよりも、納得のいく会に1回行くほうがよい。そう考える方に向いた場です。
ワイン会という場そのものの流れと作法は、7割がひとりで来ているという記事にまとめました。一人で通う夜の設計については、ワインを一人で飲む人への記事もあわせてどうぞ。
日程やテーマのご相談は、公式LINEで承っています。レストランのほうをご覧になりたい方は、恵比寿の八席のページをご覧ください。
まとめ
行きつけの店は、探すものではなく、通って育てるものです。
- 行きつけの店が持てないのは、店選びが下手だからではなく、通い方の順番を知らないだけです
- 3回くらい通うと顔なじみになってくる方がいます。1回目と2回目のあいだで止まる方が、いちばん多いところです
- 最初の3回は、間隔を空けず、同じ時間に、同じ席で、似た注文をする。帰りに一言だけ残す
- 行きつけにしやすい店は、席数が少なく、時間の区切りがゆるく、働く人の入れ替わりが少ない店です
- 価格は、年に一度の覚悟が必要な額ではなく、月に一度払える額を選ぶ
- 常連の作法は少ないものです。黙って飲んで帰ってよく、一人で来てよい。連絡だけ早めに
- 店ではなく「毎月の会」に通うと、店と同時に、いつもの顔ぶれまで手に入ります
次に気に入った店を見つけたら、帰り際に一度だけ、次に来る日を決めてみてください。そこから3回目までは、思っているより近いものです。
よくある質問
一人でも行きつけの店は作れますか?
作れます。むしろ一人のほうが早い場合があります。二人以上だと会話が同席者に向きますが、一人だと店の側と言葉を交わす余地が生まれます。Na Team Lab のワイン会も、7割近くがお一人の参加です。
高い店でないと、常連扱いされませんか?
価格とは関係がありません。必要なのは、間隔を空けずに続けて行くことです。月に一度でも、半年で6回になります。年に一度の店より、続けられる額の店を選ぶほうが、行きつけには近づきます。
店の方に話しかけるのが苦手でも大丈夫ですか?
大丈夫です。こちらから作法を指摘したり、話しかけを求めたりすることはありません。黙って飲み、黙って帰る方も常連です。聞きたいことがあるときだけ、声をかけていただければ十分だと考えています。
一杯の違いを、料理とともに確かめる。
少人数のワイン会で、グラス、温度、料理との関係を実際に比べます。

