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グラスから、灯油のような香りが立ったことはないでしょうか。白ワインなのに、果実ではなく石油を思わせる何か。傷んでいるのではないかと、瓶を疑いたくなる瞬間です。

これはペトロール香と呼ばれるものです。英語のpetrol(ガソリン)から来た呼び名で、灯油香と言うこともあります。主にリースリングに現れ、熟成とともに強くなっていきます。

そして、劣化ではありません。ぶどうに含まれていた成分が、瓶のなかの時間によって姿を変えたものです。この記事では、ペトロール香の正体と、出やすい条件、良い香りか欠点かという判断、そして合わせたい料理までを順にお話しします。恵比寿で一日ひと組のレストランを営み、毎月ワイン会を開いている側からの目線でまとめました。

SUMMARY

結論:ペトロール香は、主に熟成したリースリングに現れる、灯油のような香りです。 正体は TDN という成分で、ぶどうの果皮に含まれるカロテノイドが分解してできます。 日差しの強い年や産地で出やすく、瓶のなかで熟成する時間とともに強くなります。若いワインでも、日照や保管温度などの条件によって現れます。 熟成したリースリングでは個性として好まれる一方、若いワインで強すぎると欠点とみなされることもあります。

あわせて、ワイングラスを形から選ぶとワインペアリングの組み立て方もご覧ください。

ペトロール香とは、どんな香りか

ペトロール香は、灯油・ガソリン・石油に例えられる香りです。ワインの教科書やテイスティングの場では、この言い方が定着しています。

ただ、料理人として申し上げると、この例えは少し強すぎると感じています。実際に鼻に届くのは、ガソリンというより、熟した柑橘の皮や蜜に近い印象です。瓶のなかで時間を過ごした白ワインから、ひと筋だけ、ふだんの果実とは違う方向の香りが立ち上がる。そういう現れ方をします。

お客様に説明するときも、「ガソリンの香りです」とは申し上げません。「熟した柑橘の皮のような、少し油を思わせる香りが出ています」とお伝えします。言葉の選び方で、同じ香りが欠点に聞こえるか、個性に聞こえるかが変わってしまうからです。

香りが何層で成り立っているかという見方については、ワインの香りを三つの層に分けて考える記事で扱っています。ペトロール香は、そのうち時間がつくる層に属します。

正体はTDN なぜリースリングに出るのか

白身魚にハーブとレンコンチップを添えた実写写真
白ワインに合わせる魚料理の一例。

ペトロール香の原因となる物質は、TDN(1,1,6-トリメチル-1,2-ジヒドロナフタレン)と呼ばれる成分です。

出どころは、ぶどうの果皮に含まれるカロテノイドです。にんじんやかぼちゃの色をつくっている、あの色素の一群と同じ系統の物質です。カロテノイドが分解してできた前駆体が、瓶のなかで熟成するあいだに変化し、香りとして立ち上がります。

ここで大事なのは、ペトロール香はぶどう由来だということです。汚れた樽や劣化したコルクから移ったものではありません。畑でぶどうが太陽を浴びているあいだに、香りの材料が仕込まれているわけです。

リースリングにこの香りが分かりやすく現れるのは、この品種が高い酸を持ち、長い熟成に耐えるからです。酸が骨格として残るため、何年も瓶のなかで待てます。その時間のあいだに、香りの材料が変化していきます。

リースリングという品種そのものの性質は、リースリングを扱った記事に詳しくまとめました。辛口から極甘口まで同じ品種で造り分けられる、という珍しい品種です。

出やすい条件

ペトロール香の強さは、いくつかの条件で変わります。

条件ペトロール香への向き
瓶のなかで過ごした年数長いほど出やすい
日照強いほど出やすい(日当たりのよい畑、暑い年)
ぶどうへの水分のストレス強いほど出やすい
収量低いほど出やすい
酸高いワインほど熟成に耐え、香りが開くまで待てる

産地としては、日照の強いオーストラリアのクレアヴァレーやエデンヴァレーのリースリングで感じやすく、若いうちから現れることがあります。ドイツ、アルザス、オーストリアのものでは、熟成した辛口や、暑かった年のものに出てきます。アルザスの造りの考え方は、アルザスワインを扱った記事でお伝えしています。

ペトロール香は熟成とともに目立ちやすくなりますが、若いリースリングにも現れることがあります。新しい年のものなら出ない、と年号だけで決めることはできません。避けたい場合は「ペトロール香の穏やかなもの」と店員に伝え、可能なら試飲して確かめると安心です。

この表のどこが自分の好みに近いのかは、5分のワイン診断で確かめられます。白は5タイプに分かれていて、リースリングはそのうちのひとつです。

何年置けば出るのか、という問いには答えを持っていません。畑の条件と保管の環境で変わるためです。家庭での保管の考え方は、ワインを家で置いておく方法の記事に整理しました。

良い香りか、欠点か

ここは、好みが分かれるところです。

熟成したリースリングでは、ペトロール香は個性として好まれます。果実の香りが落ち着いたあとに現れる、時間の証として扱われます。この香りを探して熟成したリースリングを選ぶ方もいらっしゃいます。

一方で、若いワインで強すぎる場合には、欠点とみなす見方もあります。本来その段階で主役であるべき果実の香りを、覆ってしまうからです。造りの側でも、日照の管理や収穫の時期で、この香りの出方を調整していると言われています。

どちらが正しいという話ではありません。香りに対する好みは、人によって逆方向に出ます。私は、出ているかどうかではなく、果実とつり合っているかどうかを見ています。果実の香りが生きていて、その奥にひと筋だけペトロール香が通っているとき、このワインはおもしろい段階にいると感じます。

劣化との違いは、はっきりしています。濡れた段ボールやカビのような香りがすればコルク由来の汚れを疑い、りんごが茶色くなったような香りと色の変化があれば酸化を疑います。ペトロール香は、そのどちらとも違う方向の香りです。見分け方は、ブショネなどワインの欠陥を扱った記事に整理しました。

ペトロール香のあるリースリングに合う料理

厨房の側から見ると、この香りは使い道のある香りです。燻した香りや香辛料と、同じ方向に置けるからです。

料理合う理由
スモークサーモン、燻した鶏燻香とペトロール香が同じ方向で響き合う
カレー粉やクミンを使った料理香辛料の複雑さに、香りの層で並ぶ
照り焼き、味噌だれ、甘辛い和食残った酸が甘辛さを切り、香りが重なる
熟成したハードチーズ乳の旨味と、蜜のような香りが同じ奥行きで合う
鴨のローストにオレンジのソース柑橘の皮の香りと、ペトロール香がつながる

合わせるときに気をつけているのは、料理の香りを弱くしすぎないことです。ペトロール香は存在感のある香りですから、素材の香りが繊細な皿に合わせると、ワインだけが立ってしまいます。燻製や香辛料のように、こちらも香りで押せる料理のほうが釣り合います。

温度の出発点は10〜13℃です。熟成したリースリングを冷やしすぎると、せっかく開いてきた香りが閉じてしまいます。香りが出てこないと感じたら2℃上げる。これだけで、グラスのなかの景色が変わります。数値の全体像はワインの適温を扱った記事にまとめました。

リースリングが好きな方へ

ワイン診断では、白を5タイプに分けています。そのうち「リースリング(キリッとした酸と花)」に該当した方には、次の一歩としてお伝えしたいことがあります。

次に試すなら、熟成したリースリングです。

若いリースリングは、ライムや青りんご、白い花の香りが前に出ます。酸が立って、輪郭がはっきりしています。そこから数年が経つと、果実の香りが落ち着き、蜜のような甘やかさとペトロール香が現れます。酸は残っているので、痩せた感じにはなりません。同じ品種でありながら、別のワインを飲んでいるような体験になります。

ワインの好みは、品種で止まるものではありません。同じ品種のなかで、どの段階のものが好きなのかという軸があります。その軸に気づくと、選べる範囲がもう一段広がります。

並べて飲むと、時間の働きが分かる

診断の結果画面には、こう書いてあります。これはまだ仮説です。グラスを並べて飲み比べて、はじめて分かります。

ペトロール香は、言葉で聞いても分かりにくい香りです。灯油と言われてもぴんと来ませんし、一本だけ飲んでいると、それが熟成による香りなのかどうかも判断がつきません。

いちばん早いのは、若いリースリングと熟成したリースリングを、同じ卓に並べることです。産地も造り手もそろえて、年だけを変える。そうすると、時間が何をしたのかが一度で分かります。一つだけ変えて並べるという設計は、飲み比べを扱った記事に書きました。

Na Team Labでは、毎月テーマを立ててワイン会を開いています。コース料理とともに6杯を合わせる会と、10〜15本を並べて立食で楽しむ会の2つの形式があります。これまでの会では、7割近くの方がお一人で参加されています。開催は19時から21時半が多く、土日も平日もあります。

まとめ

ペトロール香は、避けるべき香りではなく、読むべき香りです。

  • ペトロール香は、主に熟成したリースリングに現れる、灯油のような香りです
  • 正体はTDNという成分で、果皮のカロテノイドが分解してできます。ぶどう由来の香りです
  • 日照が強く、水分のストレスがあり、瓶のなかで長く過ごしたものほど出やすくなります
  • 熟成したものでは個性として好まれ、若いもので強すぎると欠点とみなされることもあります
  • 劣化とは別の現象です。濡れた段ボールの香りや茶色い色の変化とは、方向が違います
  • 燻製、香辛料、甘辛い味つけの料理と並べると、香りが同じ方向で響き合います

次にリースリングのグラスを手にしたら、柑橘の皮のような香りがどこかにないか探してみてください。見つかったら、それは時間が置いていった印です。

よくある質問

ペトロール香はリースリング以外にも出ますか?

リースリングほど分かりやすく出る品種はほかにありません。熟成した白ワインに似た方向の香りが現れることはありますが、ペトロール香という言葉は、ほぼリースリングの話として使われています。

ペトロール香が強いのは劣化ですか?

劣化ではありません。ぶどう由来の成分が熟成で変化した香りです。濡れた段ボールのような香りや、茶色く変わった色があれば別の原因を疑いますが、ペトロール香そのものは健やかなワインにも現れます。

どの産地のリースリングで感じやすいですか?

日照の強いオーストラリアのものでは、若いうちから感じられることがあります。ドイツ、アルザス、オーストリアでは、熟成した辛口や暑い年のものに現れます。瓶のなかで過ごした年数が長いほど、はっきりしてきます。

Na Team Lab オーナーシェフ 川原壯太
ABOUT NA TEAM LAB Na Team Lab|株式会社Na Team

東京・恵比寿を拠点に、出張料理・店舗貸切・料理教室・ワイン会を展開。料理、ワイン、空間、その日の時間までを設計し、食を通して心に残る体験をつくっています。

執筆:(オーナーシェフ)。年間200件を超える出張料理・会食の経験をもとに、現場の視点をお伝えします。

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