ワインを造る人が、何よりも避けようとするものがあります。酸化です。

樽で熟成させているあいだ、ワインは少しずつ蒸発して減っていきます。減れば、液面と空気の接する面積が増え、酸化が進みます。だから造り手は定期的に樽を満たし直します。ウイヤージュ、日本語では補酒と呼ばれる作業です。

ところが、フランス東部のジュラ地方には、この補酒をあえてしないワインがあります。6年以上、減ったまま放っておく。ふつうなら傷むはずの条件を、そのまま受け入れる。それでできあがるのが、ヴァン・ジョーヌです。黄色いワイン、という名前の辛口の白です。

この記事では、ジュラという地方の位置から始めて、ヴァン・ジョーヌの製法、シェリーとの違い、620mlという変わった瓶、ジュラの他のワイン、そして合う料理までを順に見ていきます。フランスの地方全体の地図から押さえたい方は、フランスワインの産地をまとめた記事を先にご覧ください。

SUMMARY

結論:ヴァン・ジョーヌは、フランス東部ジュラ地方でサヴァニャン種から造られる、辛口の白ワインです。 収穫から6年3か月以上、そのうち60か月以上を樽で過ごします。このあいだ、蒸発して減った分を足しません。 液面にできた産膜酵母の膜の下でゆっくりと熟成し、くるみやスパイスを思わせる香りが生まれます。 シェリーのフィノと似ていますが、アルコールを加えない点が違います。620mlのクラヴラン瓶に詰められ、地元のコンテチーズと響き合います。

あわせて、造り方からワインを知るとラベルの読み方を知るもご覧ください。

ジュラ地方とは ブルゴーニュとアルプスのあいだ

ジュラは、フランス東部の地方です。ブルゴーニュの東隣にあたり、さらに東へ進むとスイス国境、そしてアルプスに入っていきます。南北に細長い、標高のある土地です。

面積は、フランスの主要産地の中では小さいほうです。それでも名前が残っているのは、ほかの地方にない造りを持っているからです。

品種は、白と赤でそれぞれ押さえておきたいものがあります。

  • 白:サヴァニャン、シャルドネ
  • 赤:プールサール、トルソー、ピノ・ノワール

このうち、ヴァン・ジョーヌに使われるのはサヴァニャンだけです。酸が高く、骨格の強い白ぶどうで、長い熟成に耐える性格を持っています。逆に言えば、若いうちに飲むことを前提とした品種ではありません。

シャルドネは、ジュラでも広く植えられています。補酒をする通常の造りで仕上げたものもあり、ブルゴーニュの隣だけに、なるほどと思える性格のものに出会います。

赤のプールサールは、色が驚くほど淡い品種です。グラスに注ぐと、ロゼと見まちがえるほどの薄さのものもあります。それでいて香りには赤い果実と枯れ葉のような気配があり、見た目と中身の落差が印象に残ります。

ヴァン・ジョーヌの製法 膜の下で6年3か月

チーズや果物を並べた実写のチーズボード
ヴァン・ジョーヌとチーズを合わせる食卓のイメージ。写真にジュラ産ワインは写っていません。

ここが、この記事の中心です。製法には、はっきりした条件があります。

  • 品種はサヴァニャン
  • 収穫から6年3か月以上の熟成を経てから出荷する
  • そのうち60か月以上を樽の中で過ごす
  • そのあいだ、補酒をしない

補酒をしないと、樽の中のワインは減り続けます。空いた空間には空気が入ります。ふつうなら、ここで酸化が進んで傷みます。

ところが、ある条件が揃うと、別のことが起こります。液面に、酵母の膜が張るのです。

この膜を、現地ではヴォワルと呼びます。日本語では産膜酵母の膜です。酵母が液面に層を作り、ワインと空気のあいだに蓋をする。完全に遮断するわけではありませんが、酸素の流入を緩やかに抑えます。守りながら、少しだけ触れさせる。この加減の中で、6年が過ぎていきます。

膜の下で起こることは、ふたつあります。ひとつは、ゆっくりとした酸化。もうひとつは、酵母の働きによる香りの生成です。くるみ、ヘーゼルナッツ、乾いた果実。そして、カレー粉やフェヌグリークを思わせる独特のスパイスの香り。この最後のひとつが、ヴァン・ジョーヌを他のどのワインとも区別します。

色は、年月とともに深い黄金色へ向かいます。名前のとおりの黄色です。味わいは完全な辛口で、甘さはありません。酸が高く、余韻が驚くほど長く伸びます。

なお、樽で長く置くという点は共通していても、ヴァン・ジョーヌは新樽の香りを付けるための熟成ではありません。樽が何を与えるのかという一般的な話は、樽熟成を扱った記事に整理しています。

シェリーとの違い

ヴァン・ジョーヌを飲んだ方の多くが、同じことを言います。シェリーに似ている。

その通りです。スペインのシェリー、とくにフィノと呼ばれるタイプは、やはり産膜酵母の下で熟成します。あちらではフロールと呼びます。同じ現象が、1,000キロ以上離れた二つの産地で、それぞれに受け継がれてきました。

けれども、決定的な違いがあります。

項目ヴァン・ジョーヌシェリー(フィノ)
産地フランス・ジュラスペイン・ヘレス
品種サヴァニャンパロミノ
産膜酵母ヴォワルフロール
酒精強化行わない行う(アルコールを加える)
熟成の管理単一の収穫年を、そのまま樽で寝かせる複数の年を継ぎ足しながら管理する手法が中心
容量620mlのクラヴラン瓶標準的な瓶

いちばん大きいのは、酒精強化をするかどうかです。シェリーは発酵後にアルコールを加えて度数を上げます。ヴァン・ジョーヌは加えません。ぶどうが持っていた糖から生まれたアルコールだけで、6年を越えていきます。

もうひとつは、年の扱いです。シェリーは複数の収穫年を継ぎ足しながら均していく手法が中心です。ヴァン・ジョーヌは、ひとつの収穫年をそのまま寝かせます。だからラベルには収穫年が入り、年ごとの差が残ります。

アルコールを加えるワイン全体の仕組みは、酒精強化ワインを扱った記事にまとめました。

クラヴラン瓶とシャトー・シャロン

ヴァン・ジョーヌの瓶は、すぐに見分けがつきます。背が低く、肩が張り、ずんぐりしています。この瓶をクラヴランと呼びます。

容量が、620mlです。標準の750mlではありません。EUのワイン法で認められている、数少ない非標準容量のひとつです。

この数字には、言い伝えがあります。樽に1リットルの果汁を入れて熟成を始めると、6年のあいだに蒸発して620mlまで減る。残ったその分を、そのまま瓶の容量にした、という話です。減った380mlは、天使に分けた、ということになります。

数字の由来が言い伝えであるにしても、瓶そのものが製法を語っているのは確かです。棚でこの瓶を見つけたら、それは「補酒をしなかった時間」の形です。

呼称についても、ひとつ押さえておきたいことがあります。ジュラにはシャトー・シャロンというAOCがあり、ここはヴァン・ジョーヌしか造らない呼称です。ほかのスタイルを名乗ることができません。ひとつの造りのためだけに存在する呼称は、フランスでも珍しいものです。

ヴァン・ジョーヌは、シャトー・シャロンのほか、アルボワ、レトワール、コート・デュ・ジュラといった呼称でも造られます。

ジュラのほかのワイン

ジュラには、ヴァン・ジョーヌ以外にも押さえておきたいものがあります。小さな地方に、造りの種類が異常に多い。これもこの地方の特徴です。

名前何か
ヴァン・ド・パイユ収穫したぶどうを藁や棚の上で干し、糖を凝縮させてから仕込む甘口
マックヴァン・デュ・ジュラぶどう果汁にマール(ぶどうの蒸留酒)を加えた、酒精強化タイプ
クレマン・デュ・ジュラ瓶内二次発酵による発泡性ワイン
コート・デュ・ジュラ地方全体をカバーする呼称。赤・白・ロゼ・ヴァン・ジョーヌ
アルボワ地方最大の村の呼称。赤・白・ヴァン・ジョーヌ
レトワール白とヴァン・ジョーヌに特化した小さな呼称

ヴァン・ド・パイユは、パイユが「藁」を意味します。干して水分を抜き、糖を濃くしてから発酵させる造りです。糖を凝縮させる道は、貴腐、凍結、干す、アルコールを加えるの四つがあり、これはそのうちの「干す」にあたります。四つの道の全体像は甘口ワインを扱った記事に整理しました。

マックヴァンは、発酵させる前の果汁にマールを加えて造ります。アルコールが入るので発酵が止まり、糖が残ります。食前や食後に、少量をいただく酒です。

ひとつの地方で、辛口の酸化熟成、甘口の干しぶどう、酒精強化、発泡性までが揃っている。これだけの幅を持つ産地は、そう多くありません。

ヴァン・ジョーヌに合う料理

ヴァン・ジョーヌは、合わせる相手を選ぶワインです。けれども、合ったときの一致の深さは、ほかで代えがたいものがあります。

地元の定番は、ふたつあります。ひとつはコンテチーズ。ジュラと同じ地域で作られる、硬質の熟成チーズです。もうひとつは鶏のクリーム煮、とくにモリーユ茸を使ったものです。

合わせるもの働いている仕組み
コンテチーズ(長期熟成のもの)香りの同調。くるみとナッツの香りが重なる
鶏のクリーム煮(モリーユ茸)産地の同調。土地の料理と土地のワイン
きのこのソテー、干し椎茸香りの同調。乾いた旨味が繋がる
カレー風味の料理香りの同調。スパイスの香りに直接重なる
熟成した硬質チーズ全般塩気と高い酸の対比
生ハム、乾燥させた肉乾いた旨味同士の同調

コンテとの組み合わせについては、理由がはっきりしています。長期熟成のコンテは、割ると白い粒が現れ、ナッツのような香りが立ちます。ヴァン・ジョーヌのくるみの香りと、方向がそのまま重なります。同じ土地で育ったもの同士が合うというのは、こういうことです。チーズとの合わせ方全般は、ワインとチーズをまとめた記事に書きました。

時間の要素だけで組む

私はワインの資格を持っていません。現場では、資格を持つソムリエに入ってもらい、案件の性格に合わせて人を替えています。それでも、毎日ワインを嗅ぎ、料理の側から皿を決めています。

以前、熟成の進んだ赤でこの手順をたどったことがあります。取れた香りは、きのこ・ドライフルーツ・紅茶の三つ。それぞれを干し椎茸、プルーン、紅茶という実在の食材に置き換え、連想を広げていくと、三つすべてから熟成肉が出てきました。

出したのは、熟成牛のロースト、干し椎茸のソース、プルーンと紅茶のジュ。干す、煮出す、煮詰める。時間の要素だけで組んだ一皿でした。

ヴァン・ジョーヌも、同じ経路をたどれます。くるみ・乾いた果実・スパイスの三つが取れたなら、くるみからはコンテときのこ、乾いた果実からは鶏と豚、スパイスからはカレーと根菜。線が交差するのは、きのこと鶏のあたりです。鶏のクリーム煮にモリーユ茸という地元の定番に、理屈の側から辿り着けます。

品種名を言い当てる力は、ここでは要りません。香りが三つ取れれば、皿は組めます。 手順そのものはペアリングの組み立て方をまとめた記事に詳しく書いています。

ヴァン・ジョーヌとフィノを並べる

ヴァン・ジョーヌを一本で飲むと、「変わったワインだ」で終わってしまうことがあります。けれども、比べる相手を置くと、見えるものが変わります。

いちばん効くのは、シェリーのフィノと並べることです。産膜酵母という共通点を作り、酒精強化の有無だけを変えた並びになります。香りの方向は近いのに、口に入れたときのアルコールの厚みが違う。条件をひとつに絞ると、違いが輪郭を持ちます。

飲み比べは、この「一度に一つだけ変える」という設計がすべてです。品種別、年代別、産地別のように共通点を作って並べると、「ここまで違うのか」という驚きが生まれます。並べ方の設計は飲み比べは一つだけ変えるという記事にまとめました。

Na Team Labでは、毎月テーマを立ててワイン会を企画しています。1回あたり6本から15本を並べ、共通点を作って飲み比べる形を基本にしています。料理はコース形式で7品ほど、ビュッフェ形式では10品ほどをお出しし、8名から30名ほどの規模で開いています。恵比寿のレストランは一日ひと組・八席で、7皿のコースにペアリングを組んでお出ししています。

まとめ

ヴァン・ジョーヌは、ワイン造りの常識をひとつだけ裏返した結果として生まれています。

  • ヴァン・ジョーヌは、ジュラ地方でサヴァニャン種から造られる辛口の白です
  • 収穫から6年3か月以上、うち60か月以上を樽で過ごし、そのあいだ補酒をしません
  • 液面に張る産膜酵母の膜の下で、くるみやスパイスの香りが生まれます
  • シェリーのフィノと似ていますが、アルコールを加えない点が違います
  • 620mlのクラヴラン瓶に詰められ、シャトー・シャロンはこの造りのみの呼称です

リストでこの名前を見かけたら、一度頼んでみてください。コンテがあれば、なお確かめやすくなります。

よくある質問

ヴァン・ジョーヌは開けたあと何日もちますか?

長く酸化熟成を経てきたワインなので、開栓後の変化は穏やかなほうです。栓をして冷暗所に置けば、数日単位で楽しめます。ただし本数や保管条件で差が出るため、日数の断定は避けてください。開栓後の扱いはワインの賞味期限を扱った記事に整理しています。

ヴァン・ジョーヌの瓶はなぜ620mlなのですか?

樽に1リットルの果汁を入れて熟成させると、6年のあいだに蒸発して620mlまで減る、という言い伝えに由来します。クラヴランと呼ばれるこの瓶は、EUのワイン法で認められた数少ない非標準容量のひとつです。瓶の形そのものが、製法を語っています。

ワインエキスパートの試験では、ジュラのどこが問われますか?

一次試験は当該年度の協会教本の範囲から、CBT方式で120問70分という形で出題されます。呼称と造りの対応は基本の整理にあたるため、シャトー・シャロンがヴァン・ジョーヌのみの呼称であること、サヴァニャンという品種名は押さえておきたい範囲です。制度の詳細はワインエキスパート試験の受験ガイドにまとめています。

Na Team Lab オーナーシェフ 川原壯太
ABOUT NA TEAM LAB Na Team Lab|株式会社Na Team

東京・恵比寿を拠点に、出張料理・店舗貸切・料理教室・ワイン会を展開。料理、ワイン、空間、その日の時間までを設計し、食を通して心に残る体験をつくっています。

執筆:(オーナーシェフ)。年間200件を超える出張料理・会食の経験をもとに、現場の視点をお伝えします。

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